浦嶋神社本庄祭8月上旬(日程時間・・・)

浦嶋神社本庄祭

浦嶋神社本庄祭(日程・時間・・・)を紹介しています。本庄祭は例年8月上旬頃に行われます。宵宮では各地区から伊勢音頭を歌いながら提灯行列が浦嶋神社に向かい、その後若者達が上半身裸になって激しく揉み合いをします。本祭では各区から太鼓台を曳いて浦嶋神社に宮入し、その後祭礼(棒振り・小太刀・大太刀・花踊り)が奉納されます。(詳細下記参照)

【浦嶋神社本庄祭2024 日程時間(要確認)】
浦嶋神社本庄祭2024は2024年(令和6年)8月上旬に行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・伊根町観光協会ホームページ

【浦嶋神社本庄祭 アクセス・マップ】
場所・・・京都府与謝郡伊根町字本庄浜141
最寄り駅・バス停・・・浦嶋神社前(徒歩すぐ)

アクセス路線は次の通りです。
*京都丹後鉄道宮豊線天橋立駅から丹海バス
路線・時刻表・運賃チェック

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【浦嶋神社本庄祭 歴史・簡単概要】
浦嶋神社本庄祭(ほんじょうまつり)は平安時代(794年~1185年)前期頃から約1,200年続き、五穀豊穣(ごこくほうじょう)・豊漁(ほうりょう)・海上安全(かいじょうあんぜん)・家内安全(かないあんぜん)などを祈願します。本庄祭では例年8月上旬頃に宵宮・本祭(祭礼奉納奉告祭)・例祭が行われます。ちなみに宵宮・本祭(祭礼奉納奉告祭)は例年8月7日に行われる例祭直前の土曜日・日曜日に行なわれます。(要確認)なお本庄祭は1985年(昭和60年)5月15日に宇良神社祭礼芸能として、京都府指定無形民俗文化財に指定されました。
宵宮では各地区(本庄浜地区・本庄宇治地区・本庄上地区)から手丸提灯を先頭に伊勢音頭(いせおんど)を歌いながら高張提灯などの提灯行列が浦嶋神社に向かいます。浦嶋神社への宮入りは本庄浜が一番乗りをすることが決まりになっています。参道に入ると大声で掛け声を掛けながら拝殿に駆け込み、その後各地区の若者達が上半身裸になり、一団となって激しく揉み合いをします。
本祭では各区から太鼓台を曳いて浦嶋神社に宮入します。祝詞奏上(のりとそうじょう)などの神事終了後、くじで決めた順に祭礼(棒振り・小太刀・大太刀・花踊り)が奉納されます。
太刀振りではダイフリと言われる赤い頭巾を被った音頭取り(リーダー)が塩を振って清め、その後五色の紙垂(しで)が付いた棒を振りながら太刀を振る振り子が揉み合ったりします。揉み合いはおしくらまんじゅうのように背中を引っ付け合うような所作を行ないます。花の踊りは素朴で簡単な踊りで、足を前後左右に踏み出し、時々扇をひらめかせます。

【浦嶋神社 歴史・簡単概要】
浦嶋神社(宇良神社)は478年(雄略天皇22年)7月7日に浦嶋子(浦島太郎)が美婦に誘われ常世の国へ行き、三百有余年後の平安時代前期の825年(天長2年)に帰ってきました。浦嶋子は常世の国に347年間住み、この話を聞いた第53代・淳和天皇が浦嶋子を筒川大明神と名付け、官吏・文人で、遣隋使として派遣された小野妹子の末裔・小野篁を勅使として派遣して社殿を建立したとも言われています。浦嶋神社は平安時代中期の「延喜式神名帳・927年(延長5年)編纂」に「宇良神社」と記されて式内社に列せられ、平安時代中期には既に祀られていたとも言われています。1339年(延元4年・暦応2年)に室町幕府初代将軍・足利尊氏が参詣し、幣帛・神馬・神酒を奉納したと言われています。1884年(明治17年)に本殿・拝殿及び中殿が建立されました。
*参考・・・浦嶋神社(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ

【浦嶋神社本庄祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
浦嶋神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報

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