海住山寺桜見ごろ2021(4月上旬頃)五重塔

海住山寺桜見ごろ

海住山寺桜見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。海住山寺には山内に染井吉野・枝垂桜などが植えられ、高さ約17.7メートルの五重塔・文殊堂・本堂などの光景が美しいと言われています。ちなみに五重塔は奈良・室生寺に建立されている高さ約16メートルの五重塔に次いで日本国内で2番目に小さい五重塔です。(詳細下記参照)

【海住山寺桜見ごろ・2021年予想】
海住山寺の桜見ごろは例年4月上旬頃です。ただ桜の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2021年の桜見ごろは2021年1月下旬頃から情報発信します。
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【海住山寺桜見ごろ アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府木津川市加茂町例幣海住山境外20
最寄り駅・バス停・・・海住山寺口(徒歩約15分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*JR加茂駅からはコミュニティバス大畑線・加茂通学線

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【海住山寺桜見ごろ・桜見どころ】
海住山寺はあまり知られていない桜の名所です。海住山寺の桜見ごろは例年4月上旬頃です。海住山寺には山内に染井吉野(ソメイヨシノ)・枝垂桜(シダレザクラ)などが植えられ、高さ約17.7メートルの五重塔(国宝)・文殊堂(重要文化財)・本堂などの光景が美しいと言われています。ちなみに五重塔は奈良・室生寺(むろうじ)に建立されている高さ約16メートルの五重塔に次いで日本国内で2番目に小さい五重塔です。
五重塔は鎌倉時代前期の1214年(建保2年)に建立されました。五重塔は三間五重塔婆で、初重こもし(裳階)付です。五重塔は本瓦葺で、こもしが銅板葺です。五重塔は1962年(昭和38年)に解体修理され、もこしが復元されました。なお五重塔には貞慶の弟子・覚真(藤原長房)が仏舎利七粒を安置しました。
文殊堂は鎌倉時代前期の1225年(元仁2年)に建立されたと言われています。文殊堂は中興の祖である解脱上人(げだつしょうにん)・貞慶(じょうけい)の13回忌に建立されたとも言われています。文殊堂は桁行三間・梁間二間で、寄棟造の銅板葺です。
本堂は1884年(明治17年)に建立されました。本堂は平安時代に造仏された像高約189センチ・一木造の木造十一面観音立像(重要文化財)を安置しています。本堂には鎌倉時代の扁額(京都府指定文化財)も掛けられています。
桜(染井吉野)は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。また地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開になるとも言われています。

【海住山寺 歴史・簡単概要】
海住山寺(かいじゅうせんじ)・あじさい寺は起源が明確ではありません。海住山寺は寺伝によると奈良時代の735年(天平7年)に第45代・聖武天皇が大仏造立平安祈願の為、奈良・東大寺(とうだいじ)の初代別当・良弁僧正(ろうべんそうじょう・りょうべんそうじょう)に命じ、海住山中腹に一宇を建立させて十一面観音菩薩を安置し、藤尾山観音寺と称したのが起源とも言われています。聖武天皇は奈良・平城京(へいじょうきょう)の鬼門にあたる場所に寺院を創建すれば、大仏造立が無事成就するという夢告を受けたとも言われています。ちなみに743年(天平15年)に大仏造立の詔が発せられ、紫香楽宮(しがらきのみや)で大仏の造立が開始されたが、745年(天平17年)に東大寺で大仏の造立が開始され、752年(天平勝宝4年)に開眼供養会が行われました。その後平安時代後期の1137年(保延3年)に全山が焼失し、鎌倉時代の1208年(承元2年)に法相宗の僧である解脱上人(げだつしょうにん)・貞慶(じょうけい)が草庵を結んで中興し、名称を観音寺から補陀洛山海住山寺に改めました。1213年(建暦3年)の貞慶の没後、弟子・覚真(藤原長房・ふじわらのながふさ)が後を継いで戒律を厳しくし、寺観の整備しました。1214年(建保2年)に五重塔(国宝)が建立されました。なお海住山寺は近世まで法相宗(ほっそうしゅう)の大本山である奈良・興福寺(こうふくじ)に属していたが、明治時代以降に真言宗智山派になりました。
海住山寺は真言宗智山派の寺院です。
*参考・・・海住山寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ海住山寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【海住山寺桜見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
海住山寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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