上賀茂神社楽屋・上賀茂神社見どころ(修学旅行)

上賀茂神社楽屋

●上賀茂神社楽屋は1903年(明治36年)4月15日に国の重要文化財に指定されました。
●上賀茂神社楽屋は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。その後1880年(明治13年)に改修されました。上賀茂神社楽屋は壁のない吹き放ちの小さい社殿です。上賀茂神社楽屋では楽人(がくじん)が雅楽(ががく)を演奏しました。また上賀茂神社楽屋は神仏習合時代に神社で仏事に奉仕する供僧(ぐそう・供奉僧(ぐぶそう))が使用し、一切経楽屋とも言われました。
楽人は宮廷や寺社で雅楽を演奏する者です。楽人には大内楽所(おおうちがくしょ)に仕えた宮廷の楽人・天王寺楽所(てんのうじがくそ)に属した大坂四天王寺の楽人・南都楽所(なんとがくそ)の興福時の楽人などがいました。なお楽人は伶人(れいじん)とも言われました。
雅楽は日本古来の音楽・舞に中国など大陸から伝わった音楽・舞が融合し、10世紀頃に完成したと言われています。雅楽は神楽・久米舞など日本固有の国風の歌舞(くにぶりのうたまい)・中国系の唐楽・朝鮮系の高麗楽などに分類されます。
「一切経」は仏教の経典を総集したものです。「一切経」は経蔵(きょうぞう・仏の教説集)・律蔵(りつぞう・仏弟子の生活規範)・論蔵(ろんぞう・インド仏教学者による経の解釈)の三蔵(さんぞう)を中心にそれらの注釈書などを加えたものです。「一切経」には古代インドの標準的文章語である梵語(ぼんご・サンスクリット語)・古代中西部インドのパーリ語の原典にチベット語・中国語・蒙古語・満州語などの訳本があります。「一切経」は「大蔵経(だいぞうきょう)」とも言われています。「一切経」は中国の南北朝時代(439年~580年)から使用され、「大蔵経」は中国の隋時代(581年~618年)から使用されています。
●上賀茂神社楽屋は桁行三間・梁間二間で、切妻造(きりづまづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
上賀茂神社見どころ

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