上賀茂神社唐門・上賀茂神社見どころ(修学旅行)

上賀茂神社唐門

●上賀茂神社唐門は1901年(明治34年)8月2日に国の重要文化財に指定されました。
●上賀茂神社唐門は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。上賀茂神社唐門の背後には神体・神山(こうやま)があります。
一般的に唐門は切妻造(きりづまづくり)・入母屋造(いりもやづくり)の屋根に丸みをつけて造形した唐破風(からはふ)がついた門です。唐門は豪華な彫刻が施されたものは向唐門(むこうからもん)、唐破風が妻にある簡素なものは平唐門 (ひららもん)と言われています。唐門は平安時代後期に見られるようになり、桃山時代が隆盛期と言われています。
神体・神山は上賀茂神社の北西約2キロにある標高約301.5メートルの神奈備山(かんなびやま)です。上賀茂神社の社伝によると神代の昔、上賀茂神社の祭神・賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が神山に降臨したとも言われています。平安時代前期の843年(承和10年)に上賀茂神社の社地になり、884年(元慶8年)に太政官符(だいじょうかんぷ)によって狩猟が禁じられたとも言われています。神山山頂には巨岩が環状に並ぶ垂跡石(すいじゃく・降臨石)があります。神山には葵も群生しているそうです。なお神山は細殿(拝殿)前にある円錐状の2つの砂の山・立砂(たてずな)のモデルになっています。また神山は歌枕にもなっており、「神山の 麓に咲ける 卯の花は たが標ゆひし 垣根なるらむ」と詠まれています。
●上賀茂神社唐門は一間薬医門(やくいもん)で、唐破風造(からはふづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
薬医門は2本の本柱(鏡柱)の後方に2本の控え柱を立て、その上に女梁(めうつばり)・男梁(おうつばり)を架け、切妻屋根をのせた門です。薬医門は元々公家や武家の正門などに用いられたが、扉をなくして医家に用いられたことから名称の由来になりました。
唐破風は弓形のように中央部を丸みをつけ、両端が反りかえった曲線状に造形した破風です。軒唐破風は屋根本体の軒先を丸みを帯びた造形した破風です。向唐破風は屋根本体とは別に出窓のように造形した破風です。なお破風は切妻造(きりづまづくり)・入母屋造(いりもやづくり)の屋根の妻の三角形の部分です。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
上賀茂神社見どころ

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