上賀茂神社新宮神社・上賀茂神社見どころ(修学旅行・観光)

上賀茂神社新宮神社

●上賀茂神社新宮神社は境内の奥地に祀られ、貴布禰神社(きふねじんじゃ)とも言われています。新宮神社は起源が明確ではないが、「社務補任記」の平安時代中期の1048年(永承3年)8月25日の条に神社名が記され、それ以前から祀られていたとも言われています。京都市左京区鞍馬貴船町180に祀られている貴布禰総本宮・貴船神社はかつて江戸時代まで上賀茂神社の境外摂社であったが、貴船川の洪水や冬季の猛吹雪の為に参拝ができなくなったことから上賀茂神社境内に貴布禰神社(新宮神社)が祀られるようになったとも言われています。新宮神社は高おかみ神(たかおかみのかみ)を祀り、祈雨・止雨、潅漑・治水・舟運・心体健全・若返りのご利益があります。なお新宮神社では通常門の手前で参拝するが、毎月第2日曜日・第4日曜日が縁日とされて神前で参拝することができます。(要確認)
貴船神社(京都市左京区鞍馬貴船町180)は社伝によると初代・神武天皇(じんむてんのう)の母・玉依姫命(たまよりひめのみこと)が黄色い船に乗って淀川(よどがわ)・鴨川(かもがわ)・貴船川を遡り、水神を祀ったのが起源と言われています。また貴船神社は第18代・反正天皇(はんぜいてんのう)の時代の造営されたとも言われています。貴船神社は飛鳥時代後期の666年(白鳳6年)に社殿造替の記録があり、それ以前から祀られていたとも言われています。その後平安時代中期の1046年(永承元年)7月の出水によって社殿が流失し、1055年(天喜3年)に現在の本宮の場所に社殿が再建され、かつて本宮の場所が奥宮になりました。明治維新後に上賀茂神社から独立し、官幣中社(かんぺいちゅうしゃ)に列せられました。なお貴船神社の名称は「黄船(黄色い船)」に由来し、貴船神社は水の神様であることから濁らずに「きふね」と言うそうです。
●上賀茂神社新宮神社は本殿が流造(ながれづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。拝殿が切妻造(きりづまづくり)の檜皮葺です。
流造は神社建築の一形式です。流造は正面入口にあたる屋根の一方(前流れ)が長く延びた形式です。流造は伊勢神宮(いせじんぐう)に代表される神明造(しんめいづくり)から発展し、奈良時代末期から平安時代に成立し、全国に広がりました。流造では上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・下鴨神社(しもがもじんじゃ)がよく知られています。流造では正面(桁行)の柱間が1間(柱2本)の場合には一間社流造、3間(柱4本)の場合には三間社流造、5間(柱6本)の場合には五間社流造になります。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
上賀茂神社見どころ

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