鴨川納涼床5/1~9/30

鴨川納涼床

鴨川納涼床(日程・時間・・・)を紹介しています。鴨川納涼床は毎年5月1日から9月30日まで行われています。ただ昼間の昼床は5月と9月だけ行われています。なお鴨川納涼床では二条大橋から五条大橋までの鴨川右岸(西側)を流れる禊川の上に京料理などの店舗約90軒が立ち並びます。(詳細下記参照)

【鴨川納涼床 日程時間(要確認)】
鴨川納涼床は5月1日~9月30日まで行われます。ただ昼間の昼床は5月と9月だけ行われます。

【鴨川納涼床・鴨川 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市(二条大橋から五条大橋)
最寄り駅・バス停・・・四条河原町、祇園

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から錦天満宮は4系統(A2乗り場)、5系統(A1乗り場)、17系統(A2乗り場)、205系統(A2乗り場)
*四条烏丸からは3系統、203系統、207系統
*河原町丸太町からは4系統、10系統、205系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は祇園四条駅
*阪急電鉄京都線の場合、最寄り駅は京都河原町駅

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【鴨川納涼床 歴史・簡単概要】
鴨川納涼床(かもがわのうりょうゆか)・川床(かわどこ)は5月1日から9月30日まで行われます。ただ食中毒予防の為、昼間の昼床は5月と9月だけ行われています。鴨川納涼床では二条大橋から五条大橋までの鴨川右岸(西側)を流れる禊川(みそそぎがわ)の上に京料理などの店舗約90軒が立ち並びます。
鴨川納涼床は安土桃山時代に関白・豊臣秀吉が三条橋・五条橋を架け替えたことにより、鴨川が見世物や物売りで賑わい、商人が見物席を設けたり、茶店を出したりしたのが起源と言われています。その後江戸時代に鴨川の石垣などが整備されたり、茶店が組織化されたりし、鴨川納涼床は河原の涼みと言われていたそうです。明治時代には7月・8月に鴨川の両岸に鴨川納涼床を出すことが定着したが、1894年(明治27年)の鴨川運河開削や1915年(大正4年)の京阪電鉄鴨東線の延伸などにより、左岸(東側)の鴨川納涼床がなくなり、禊川ができました。なお太平洋戦争中、鴨川納涼床は禁止されたが、1951年(昭和26年)から再開されたそうです。
禊川は鴨川から加茂大橋下流で分かれ、鴨川の西岸を鴨川と並行に流れ、二条大橋下流で高瀬川(たかせがわ)と分かれ、五条大橋付近で鴨川に合流します。なお高瀬川は1611年(慶長16年)に嵯峨の土倉業・角倉了以(すみのくらりょうい)と子・素庵(そあん)が京都中心部から伏見までを結ぶ為に開いた運河です。
京都鴨川納涼床協同組合

【鴨川 歴史・簡単概要】
鴨川(かもがわ)は京都市を北から南へ流れる淀川水系の一級河川で、延長約35キロです。鴨川は京都市北区にある標高約896メートルの桟敷ヶ岳(さじきがだけ)を水源とし、上賀茂付近で京都盆地に出て、出町付近で高野川と合流してから南流し、下鳥羽付近で京都盆地の西側を流れる一級河川・桂川と合流して淀川に注ぎます。ちなみに上流は賀茂川(加茂川)とも言われています。なお鴨川は上流で古来から禊(みそぎ)か行われ、神聖な場所とされていました。平安時代には毎月陰陽師による七瀬祓いが行われ、天皇が吹き息を掛け、体を撫でた人形(ひとがた)を鴨川に流していたそうです。また葵祭(上賀茂神社・下鴨神社の祭礼)の禊もかつては鴨川で行われていました。現在も祇園祭(八坂神社の祭礼)の神用水清祓式は鴨川で行われ、神輿洗で神輿を祓い清めています。神輿洗はかつて四条大橋近くで行われ、四条大橋から松原橋までの鴨川は八坂神社に因んで宮川(みやかわ)と言われ、花町・宮川町の名称の由来にもなっています。
*参考・・・鴨川(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【鴨川納涼床 備考】
鴨川納涼床(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

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