建仁寺三門・建仁寺見どころ

建仁寺三門

●建仁寺三門は江戸時代末期に静岡県浜松市・安寧寺(あんねいじ)に建立され、1923年(大正12年)に移されて建立されました。建仁寺三門は「御所を望む楼閣」という意味で、「望闕楼(ぼうけつろう)」とも言われています。
安寧寺は室町時代の明応年間(1492年~1501年)に創建され、元護国庵と称したとも言われています。安土桃山時代の天正年間(1573年~1593年)に清庵宗徹和尚が入寺し、寺号を安寧寺に改め、臨済宗(りんざいしゅう)妙心寺(みょうしんじ)派の寺院になったと言われています。浜松城(曳馬城)城主だった江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)が清庵宗徹和尚を崇敬し、禅などを学んだとも言われています。また徳川家康が甲斐の守護大名・武田信玄(たけだしんげん)と戦った三方原の合戦(みかたがはらのたたかい)で敗れた際、清庵宗徹和尚が三河に逃げる徳川家康を導き、徳川家康がそれに報いる為に寺領(47町歩)を寄進したとも言われています。1872年(明治5年)の火災で本堂などを焼失し、1898年(明治31年)に本堂が再建されました。なお安寧寺は本尊・聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)を祀っています。
一般的に三門(山門)は一切は空と悟る空門(くうもん)・一切の執着を離れた無相門(むそうもん)・一切の願求(がんぐ)の念を捨てる無願門(むがんもん)の三境地を経て、仏国土(ぶっこくど)に至る門・三解脱門(さんげだつもん)のことです。三門は寺院の正門で、禅宗七堂伽藍(山門・本尊を安置する仏殿(金堂)・僧侶が仏教を講義する法堂(はっとう)・坐禅など仏道修行に励む僧堂(そうどう)・僧侶が居住する庫裏(くり)・トイレである東司(とうす)・浴室である浴室(よくどう))に数えられています。なお山門は本来山上に建てられた寺院の門のことを言っていたが、現在は平地に建てられた寺院の門のことも言います。
●建仁寺三門には楼上に釈迦如来(しゃかにょらい)、いずれも釈迦の十大弟子である迦葉(かしょう)尊者・阿難(あなん)尊者、そして十六羅漢(じゅうろくらかん)が祀られています。
お釈迦さま(釈迦牟尼 ゴータマ・シッダッタ)は仏教の開祖で、世界四聖の一人です。ちなみに仏陀とは悟った者・目覚めた者を意味するお釈迦様の尊称です。お釈迦さまは約2,500年前の旧暦の4月8日、インド国境に近いネパールのルンビニーの花園で、父・シャカ族の国王である浄飯王(じょうばんのう・シュッドーダナ)と母・摩耶夫人(まやふじん・マーヤー)との間に生まれました。お釈迦さまは生まれてすぐに7歩歩き、右手で天、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と唱えたとも言われています。29歳で出家し、35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、明星出現と同時にブッダガヤの菩提樹の下で、悪魔の誘惑に負けずに悟りを開きました。その後約45年間に渡り、インド各地を回って教えを説き、クシナーラで亡くなりました。お釈迦さまの遺骸は火葬され、遺骨は各地のストゥーパに分けて祀られたそうです。
建仁寺見どころ

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