金閣寺庫裏・金閣寺見どころ

金閣寺庫裏

●金閣寺庫裏は江戸時代後期の1835年(天保6年)頃に再建されたとも言われています。金閣寺庫裏はかつて室町時代の明応・文亀年間(1492年~1501年・1501年~1504年)に建立されたとも言われています。なお金閣寺庫裏には屋根に煙出しがあり、元々台所として使われていたが、その後1987年(昭和62年)まで宿坊(しゅくぼう)として使われ、現在は写経に使われています。
写経は仏教の経典を書き写すことです。経典はかつて暗唱によって伝えられたが、次第に書写されるようになりました。また写経には功徳があると説かれたことから広まりました。中国では六朝時代(222年~589年)に写経が定型化され、日本では飛鳥時代の673年(天武天皇2年)に飛鳥寺(あすかでら・法興寺(ほうこうじ))・薬師寺(やくしじ)・大官大寺(だいかんだいじ・大安寺(だいあんじ))とともに飛鳥の四大寺に数えられた川原寺(かわらでら)で「一切経(いっさいきょう)」の写経が行われたのが始まりとも言われています。
一般的に宿坊は僧侶・参詣者などが宿泊する施設です。ちなみに僧侶専用の施設は僧房とも言われています。宿坊は本来僧侶・参詣者などに限定した宿泊施設だったが、現在では一般観光客も受け入れるところが多くなっています。宿坊は平安時代に貴族・武士などの参詣が広まると建てられるようになり、江戸時代にお伊勢参り・金毘羅参り・善光寺詣などが庶民に広まると宿坊も整備されました。
一般的に庫裏(庫裡・庫院)は寺院の僧侶の居住する場所や食事を調える場所です。庫裏は禅宗寺院で、仏像を安置して礼拝する仏殿・三解脱門(さんげだつもん)である三門(山門)・仏道修行に励む僧堂・僧侶が仏教を講義する法堂(はっとう)・浴場である浴室・トイレである東司(とうす)とともに七堂伽藍に数えられました。庫裏は大規模な寺院では独立した建物として建立されるが、一般的な寺院では寺の事務を扱う寺務所と兼用となっていることが多くなっています。
●金閣寺庫裏は切妻造(きりづまづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。金閣寺庫裏は禅宗様の建物です。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
桟瓦葺は平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用して屋根を葺く方法です。ちなみに本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
禅宗様は鎌倉時代に禅宗とともに北宋(中国)から日本に伝わった建築様式です。禅宗様は全体に木割(きわり)が細く、詰め組の組み物を多く配し、木鼻(きばな)・拳鼻(こぶしばな)・刳り形(くりかた)・桟唐戸(さんからど)・花頭窓(かとうまど)・扇垂木(おうぎだるき)などの装飾的な造作が特徴になっています。山口県下関市・功山寺(こうざんじ)の仏殿(国宝)が日本最古の禅宗様の建築です。なお禅宗様は唐様 (からよう) とも言われています。
金閣寺見どころ

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