北野天満宮の七不思議解説-修学旅行・観光の豆知識・雑学
北野天満宮の七不思議は影向松・筋違いの本殿・星欠けの三光門・立ち牛などです。
北野天満宮の七不思議を簡単にまとめてポイント解説します。七不思議には菅原道真の仏舎利が掛かった影向松、楼門の正面に位置しない筋違いの本殿、星が見当たらない星欠けの三光門、拝殿に彫刻された立ち牛などがあります。(詳細下記参照)
【菅原道真の仏舎利が掛かった影向松】
- 影向松の概要‐影向松(ようごうのまつ)は一ノ鳥居(大鳥居)をくぐった右手にあり、石の玉垣が巡らせられています。北野天満宮に祀られている菅原道真は天台宗(てんだいしゅう)の僧・尊意(そんい)からお釈迦様の遺骨である仏舎利(ぶっしゃり)を授かって肌身(はだみ)離さずに持っていたが、大宰府(だざいふ)で亡くなると仏舎利が不思議なことに太宰府から飛んで来て影向松の枝に掛かったのだそうです。それ以降お釈迦様(おしゃかさま)が姿を現した松ということから影向松と言われるようになりました。
- 影向松の豆知識‐影向松の枝に仏舎利が掛かった日が初雪の日だったことから毎年初雪が降る日には菅原道真が影向松に降り立って歌を詠むとも言われています。北野天満宮では毎年初雪が降った日に筆・墨(すみ)・硯(すずり)を供えて初雪祭が行われます。
【楼門の正面に位置しない筋違いの本殿(国宝)】
- 本殿の概要‐筋違いの本殿は楼門(南門)をくぐった正面に位置していない本殿(国宝)のことです。一般的に神社の本殿は楼門の正面に造営されているのが、正面には北野天満宮が造営される前から祀られていた地主神社(じぬしじんじゃ)があったことから本殿は地主神社の西に造営されました。なお本殿は江戸時代前期の1607年(慶長12年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の子・豊臣秀頼(とよとみひでより)が豊臣秀吉の遺命によって建立しました。
- 本殿の豆知識‐筋違いの本殿の原因となった地主神社は平安時代前期の836年(承和3年)に遣唐使(けんとうし)の為に天神地祇(てんじんちぎ)を祀ったのが起源と言われています。
【星が見当たらない星欠けの三光門(重要文化財)】
- 三光門の概要‐星欠けの三光門(重要文化財)は本殿の前にある中門のことです。一般的に三光門には日・月・星が彫刻されているが、北野天満宮の三光門には真っ赤な太陽と金色の月があるが、不思議なことに星が見当たらないことから星欠けの三光門と言われています。なお三光門は江戸時代前期の1607年(慶長12年)に豊臣秀頼が建立しました。
- 三光門の豆知識‐星欠けの三光門は天皇がある夜大内裏(だいだいり)から北野天満宮を拝んだところ三光門の真上に北極星が輝いていた為、北極星を三光門の星に見立てて、星が彫刻されなかったとも言われています。
【大黒天の燈篭(だいこくてんのとうろう)】
- 大黒天の燈篭の概要‐大黒天の燈篭は三光門の東にあり、台座には大黒様が彫られています。大黒様の口(頬)に小石をのせて落ちなければ、小石を財布に入れて持つとお金に困らないと言われています。
- 大黒天の燈篭の歴史‐大黒天の燈篭は江戸時代後期1855年(安政2年)に河原町正面にあった大黒屋などの質商組合が北野天満宮に奉納しました。
- 大黒天の燈篭の豆知識‐大黒天は福禄寿・恵比寿・毘沙門天・布袋・寿老人・弁財天とともに七福神に数えられています。大黒天は元々インド・ヒンドゥー教で、青黒い身体を持つ破壊神・シヴァ神の化身であるマハーカーラが起源とされ、仏教(密教)に取り入られました。マハーカーラには偉大な黒い神などの意味があります。密教ではシヴァ神である大自在天(だいじざいてん)の眷属(けんぞく)で、三宝(仏・法・僧)を守護し、飲食を司り、胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)の外金剛部院(げこんごうぶいん)入れられました。大黒天には五穀豊穣・出世開運・商売繁盛などのご利益があるとも言われています。
【拝殿(国宝)に彫刻された立ち牛(たちうし)】
- 立ち牛の概要‐北野天満宮唯一の立ち牛は拝殿に吊されている大鈴の上の欄間(らんま)に彫刻されています。なお菅原道真が大宰府で亡くなった際、遺体を運ぶ牛が突然座り込んで動かなくなったことから北野天満宮にある牛の像は座った姿をしています。なおなで牛は「文道の大祖・風月の本主」と言われ、学問の神として多くの信仰を集める菅原道真のお使いで、頭を撫でると頭がよくなると言われています。
- 立ち牛の豆知識‐立ち牛などの牛が菅原道真(天神さん)のお使いとされるのは「菅原道真の墓所の位置は牛が決めた」・「菅原道真が生まれたのが丑年」・「亡くなったのが丑の月の丑の日」・「菅原道真は牛車に乗って大宰府へ行った」・「牛が刺客から菅原道真を守った」などに由来していると言われています。
【本殿(国宝)の背面にある裏の社(うらのやしろ)】
- 裏の社の概要‐裏の社は本殿の背面にあり、背中合わせの形で御后三柱(おんこうのみはしら)が祀られています。一般的に神社は本殿の正面のみで拝むが、北野天満宮では背面からも拝むことができます。なお御后三柱は菅原道真の祖先神・天穂日命(あめのほひのみこと)、祖父・菅原清公(すがわらのきよきみ)、父・菅原是善(すがわらのこれよし)のことです。
【境内の北西にある天狗山(てんぐやま)】
- 天狗山の概要‐天狗山は北野天満宮境内の北西(乾(いぬい))にある小山です。室町時代の「北野天満宮社頭古絵図(きたのてんまんぐうしゃとうこえず)」にはユーモラスな鳥天狗(からすてんぐ)が描かれています。
【北野天満宮 備考】
*参考・・・北野天満宮(七不思議・見どころ・・・)ホームページ