北野天満宮絵馬所・北野天満宮見どころ(修学旅行)

北野天満宮絵馬所

●北野天満宮絵馬所は京都市指定有形文化財です。
●北野天満宮絵馬所は元禄の大修理の際、江戸時代中期の1699年(元禄12年)に楼門近くに建立されました。絵馬所は京都に現存する絵馬所の中で最古のものと言われています。北野天満宮絵馬所は現在よりも北側で、棟を南北に向けて建立され、木賊葺(とくさぶき)だったと言われています。なお元禄の大修理は1700年(元禄13年)~1701年(元禄14年)に行われたと言われています
一般的に絵馬所は大型の絵馬が奉納されている社殿です。
絵馬は社寺に祈願または報謝の為に奉納する絵入りの額や板絵です。絵馬は古来、神に生き馬を献じる風習が起源とも言われています。神はかつて騎乗した姿で現れるとされ、神輿(みこし)が登場する以前には移動の為の馬が必須と考えられていました。「常陸国風土記(ひたちのくにふどき)・奈良時代初期の713年(和銅6年)編纂」には第10代・崇神天皇の時代(紀元前97年~紀元前30年)から神事の際に生き馬を献上する風習が始まったと記されています。「続日本紀(しょくにほんぎ)・平安時代初期編纂」には神の乗り物としての神馬(しんめ)を奉納したと記されています。ちなみに平安時代初期の818年(弘仁9年)に第52代・嵯峨天皇が貴船神社(きふねじんじゃ)で黒毛の馬を献じて、雨乞い(あまごい)を行ったと言われています。その後貴船神社では雨乞いの際に黒毛の馬、雨止めの際に白毛の馬(晴天の象徴)・赤毛の馬(太陽の象徴)を神前に捧げて祈願しました。ただ生き馬を奉納できない場合、木・紙・土で作った馬の像(木馬・紙馬・土馬)で代用するようになり、奈良時代には板に馬を描いた絵(板立馬(いただてうま))が見られるようになりました。平安時代に板馬(板立馬)が多くなり、鎌倉時代に馬以外にも三十六歌仙なども描かれるようになり、江戸時代に絵馬堂・絵馬所に種々の趣向の絵馬が陳列されるようになりました。また江戸時代頃から家内安全・商売繁盛など実利的な願いをする風習が庶民に広まりました。
●北野天満宮絵馬所は小野小町(おののこまち)の「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に(古今集)」・在原業平(ありわらのなりひら)の「月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして(古今和歌集)」・伊勢の「思ひ川 たえずながるる 水のあわの うたかた人に 逢はで消えめや(後撰和歌集)」などの織物三十六歌仙奉額が掛けられています。また長谷川等伯(はせがわとうはく)の絵馬(板絵金地著色昌俊弁慶相騎図・重要文化財)・西川祐信(にしかわすけのぶ)筆の絵馬(板絵著色忠度最期図)・英一蝶(はなぶさいっちょう)筆の弁慶絵馬・阿新丸(くまわかまる)の絵馬などもあります。
北野天満宮見どころ

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