北野天満宮七夕祭2025年8月2日~17日(御手洗川足つけ燈明神事)

北野天満宮七夕祭
北野天満宮七夕祭(日程・時間・・・)を紹介しています。七夕祭は例年8月に行われています。七夕祭では北野萬燈会・七夕ライトアップ、御手洗川足つけ燈明神事、北野天神泣き相撲写真展、学業大祭(入試合格・学業成就祈願祭)、御手洗祭、御本殿石の間通り抜け神事、七夕奉納行事などが行われます。(詳細下記参照)
【北野天満宮七夕祭2025 日程時間(要確認)】
北野天満宮七夕祭2025は2025年(令和7年)8月2日(土曜日)~17日(日曜日)に行われます。
●北野萬燈会・七夕ライトアップ:8月2日(土)~17日(日)日没~20:00
●御手洗川足つけ燈明神事:8月2日(土)~17日(日)9:00~20:00(受付19:40終了)
●北野天神泣き相撲写真展:8月2日(土)~17日(日)9:00~16:30
●学業大祭(入試合格・学業成就祈願祭):8月3日(日)11:00
●御手洗祭:8月7日(木)10:00
●御本殿石の間通り抜け神事(御神宝・御装束の展覧):8月8日(金)~11日(月)10:00~20:00(受付19:40終了)
●七夕奉納行事:8月8日17:30西陣和楽園、8月8日19:00京和幼稚園、8月9日18:00北野幼稚園。8月10日18:00神若会北野天神太鼓会奉納演奏、8月11日18:00篠笛・玲月流奉納演奏
●北野夏祭り(梅苑内州浜ライトアップ):8月9日(金)~11日(月)・15日(金)17日(日)
●北野夏祭り(北野商店街振興組合出店):8月9日(金)~11日(月)・15日(金)17日(日)16:00~20:00
●北野御手洗団子茶屋:8月9日(金)~11日(月)16:00~20:00
*参考・・・北野天満宮ホームページ
【北野天満宮七夕祭 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市上京区御前通今出川上る馬喰町
最寄り駅・バス停・・・北野天満宮前(徒歩すぐ)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から北野天満宮は50系統(B2乗り場)、101系統(B2乗り場)
*四条河原町からは51系統
*四条烏丸からは55系統、101系統、203系統
*河原町丸太町からは10系統
路線・時刻表・運賃チェック
*嵐電(京福電鉄)北野線の場合、最寄り駅は北野白梅町駅(徒歩約7分)
【北野天満宮七夕祭 歴史・簡単概要】
北野天満宮七夕祭(たなばたさい)は本来、棚機祭と書き、機織りの町・西陣(にしじん)地域らしく機織りの祖神・天棚機姫神(あめのたなばたひめのかみ)のお祭です。七夕祭は御手洗祭とも言われ、古くから行われていたそうです。
七夕祭では北野萬燈会・七夕ライトアップ、御手洗川足つけ燈明神事、北野天神泣き相撲写真展、学業大祭(入試合格・学業成就祈願祭)、御手洗祭、御本殿石の間通り抜け神事、七夕奉納行事などが行われます。御手洗川足つけ燈明神事では五色の御手洗ろうそくを選んで受け取り、御手洗川に入って清らかな水で邪気を祓って心身を清め、ろうそくに火を灯して献灯します。なお北野天満宮では2027年(令和9年)の菅公千百二十五年半萬燈祭に向けて、かつての北野祭を再び蘇らせる為に様々な神賑行事を行っています。
●願いごとを書いて星に祈る七夕は日本の古い神事である棚機(たなばた)・織姫と彦星の伝説・奈良時代に中国から伝わった乞巧奠(きこうでん)が結び付いたと言われいます。先ず棚機では棚機女(たなばたつめ)が清い水辺にある機屋(はたや)に籠もって、神さまへの着物を織り、その着物を棚に供えて、豊穣を祈願したり、穢れを祓いました。次に織姫と彦星の伝説は天帝の娘で、機織が上手な働き者・織姫と牛追いで働き者・彦星は天帝から結婚を認められたが、結婚後には織姫は機を織らなくなり、彦星は牛を追わなくなったことから天帝が怒り、織姫と彦星を天の川の対岸に引き離したが、年に1度の7月7日だけ天帝は会うことを許したというものです。最後に乞巧奠(きこうでん)では7月7日に織姫にあやかり、機織や裁縫が上達するように星に祈願しました。
笹飾りの笹は神様が宿る依り代とされ、笹竹に願いを込めた短冊を飾り付け、神様に祈願しました。その為七夕飾りは高く掲げるほど願いが叶うとも言われています。
北野天満宮見どころ(本殿・三光門など)
【北野天満宮 歴史・簡単概要】
北野天満宮は平安時代中期の947年(天暦元年)に西ノ京に住んでいた多治比文子・近江(滋賀)比良宮の神主である神良種・北野朝日寺(東向観音寺)の僧である最珍(最鎮)らが神殿を造営し、祭神・菅原道真を祀ったのが起源です。903年(延喜3年)に菅原道真が左遷された大宰府で没し、942年(天慶5年)に多治比文子に宣託があり、947年(天暦元年)には神良種の子・太郎丸に再び託宣があったとも言われています。その後菅原道真の左遷の原因になった左大臣・藤原時平の甥・藤原師輔が私邸を寄贈し、大規模な社殿が造営されました。987年(永延元年)に第66代・一条天皇が勅使を派遣して国家の平安を祈願する勅祭が行われ、神号「北野天満宮天神」を賜り、1004年(寛弘元年)には一条天皇が行幸し、その後皇室に崇敬されました。しかし1444年(文安元年)の文安の麹騒動で室町幕府の攻撃によって焼失して一時衰退しました。1587年(天正15年)に関白・豊臣秀吉が境内で北野大茶会を行い、1607年(慶長12年)には秀吉の子・豊臣秀頼が本殿などを造営しました。なお北野天満宮は「文道の大祖・風月の本主」と言われる菅原道真を祀っていることもあり、学問の神として多くの信仰を集めています。
*参考・・・京都・北野天満宮(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ
【北野天満宮七夕祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
京都・北野天満宮(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報















