北野天満宮牛舎・北野天満宮見どころ

北野天満宮牛舎

●北野天満宮牛舎は起源が明確ではありません。北野天満宮牛舎は江戸時代後期の1802年(享和2年)の九百年祭絵図・1852年(嘉永5年)の九百五十年萬燈絵図に描かれ、それ以前から祀られていたとも言われています。また台座の御影石(高さ約20センチ・縦約25センチ・横約40センチ)に「弘化二巳己歳年(1845年(弘化2年))卯月吉日」・「宿坊 光乗坊、願主 藤原與平治、石工 伏見京町 泉清」と刻まれています。なお牛舎は古くから境内北西に祀られていたが、1974年(昭和49年)に境内南西に移され、2014年(平成26年)に約40年振りに元の場所である境内北西に移されました。
●北野天満宮牛舎は境内北西に祀られている小祠(しょうし)です。北野天満宮牛舎は覆屋(おおいや)内に石造臥牛像(なで牛)が祀られています。なで牛(石造臥牛像)はなでると一つだけ願いが叶うとも言われ、「一願成就のお牛さん」とも言われています。なで牛(石造臥牛像)は境内で最古の臥牛像とも言われ、頭が少し欠け、摩耗して顔がよく分からなくなっています。なお牛舎の近くには柵を巡らし、注連縄(しめなわ)で囲まれた亀石があります。牛舎のなで牛が陽石・亀石が陰石を象徴し、二つ合わせて陰陽石としても信仰されているそうです。
北野天満宮は都の北西(乾)を守護し、北野天満宮境内の中で最も神聖とされる境内北西に牛舎が祀られ、「乾のお牛様」とも言われています。なお境内北西の角には天狗山(てんぐやま)と言われる小山があります。天狗山は室町時代に描かれた「社頭古絵図(北野参拝曼荼羅)」にユーモラスな烏天狗が描かれ、北野天満宮の七不思議に数えられています。
●北野天満宮牛舎などの牛は祭神・菅原道真(すがわらのみちざね)のお使い(神使・祭神の使者)とされています。その理由は「菅原道真が生まれたのが845年(承和12年)の丑(うし)年」・「901年(昌泰4年)の大宰府への左遷時、牛が菅原道真を泣いて見送った」・「菅原道真は牛車に乗って大宰府へ行った」・「菅原道真を牛が刺客から守った」・「菅原道真が亡くなったのが903年(延喜3年)2月25日で、丑(うし)の月の丑(うし)の日」・「菅原道真の墓所の位置(安楽寺)は牛が決めた」などです。なお祭神・菅原道真は没後に神号・天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)が与えられました。大自在天は八本の腕と三つの眼を持つ八臂(はっぴ)三眼で、天冠を戴き、白い牛に跨がり、3つの穂を有する槍である三叉戟(さんさげき)を手にしています。
北野天満宮見どころ

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