北白川天神宮桜見ごろ(4月上旬頃)

北白川天神宮桜見ごろ

北白川天神宮桜見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。北白川天神宮には参道を横切る白川沿いに都紅糸桜と言われる枝垂桜・染井吉野が植えられ、桜と狛犬・石碑・鳥居・白川に架かる萬世橋(まんせいばし)などの光景が美しいと言われています。萬世橋は1894年(明治27年)に架けられました。(詳細下記参照)

【北白川天神宮桜見ごろ時期 2020年(要確認)】
北白川天神宮の桜見ごろは例年4月上旬頃です。ただ桜の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2021年の桜見ごろは2021年1月下旬頃から情報発信します。
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【北白川天神宮桜・北白川天神宮 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市左京区北白川仕伏町8
最寄り駅・バス停・・・北白川別当町(徒歩約8分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは5系統(A1乗り場)
*四条河原町からは5系統
*四条烏丸からは5系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【北白川天神宮桜見ごろ時期】
北白川天神宮はあまり知られていない桜の名所です。北白川天神宮の桜見ごろは例年4月上旬頃です。北白川天神宮には参道を横切る白川沿いに都紅糸桜(ミヤコベニイトザクラ)と言われる枝垂桜(シダレザクラ)・染井吉野(ソメイヨシノ)が植えられ、桜と狛犬・石碑・鳥居・白川に架かる萬世橋(まんせいばし)などの光景が美しいと言われています。ちなみに北白川は白川石が鎌倉時代に三大名石の一つにも数えられ、石橋などに加工する石工が多くいたそうです。萬世橋は1894年(明治27年)に架けられました。
白川は京都と滋賀の境界付近にある東山の内、滋賀大津市山中町の山麓(白川山)を源とする淀川水系鴨川支流の一級河川です。白川は川に白砂に敷き詰められているように見えることから名付けられたそうです。
染井吉野(ソメイヨシノ)は江戸時代末期に東京染井村の植木職人が江戸彼岸と大島桜を交配させて生み出したと言われています。その後明治時代初期から日本各地に広まりました。なお染井吉野は当初桜の名所である奈良吉野山に因んで、吉野・吉野桜と言われていたが、その後染井村から染井吉野と言われるようになりました。
枝垂桜(シダレザクラ)はバラ科サクラ属の一種で、彼岸頃(3月下旬頃)に花を咲かせる江戸彼岸(エドヒガン)の枝垂れ品種です。枝垂桜には八重紅枝垂(ヤエベニシダレ)・紅枝垂(ベニシダレ)・清澄枝垂(キヨスミシダレ)などがあります。枝垂桜は開花時期が3月下旬頃から4月上旬頃で、染井吉野(ソメイヨシノ)よりも早くなります。
桜(染井吉野)は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。また地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開になるとも言われています。

【北白川天神宮 歴史・簡単概要】
北白川天神宮(きたしらかわてんじんぐう)は起源が明確ではありません。北白川天神宮は飛鳥時代(592年(崇峻天皇5年)~710年(和銅3年))に久保田の森に少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀った天使大明神(天使社)が起源とも言われています。また平安時代の延喜年間(901年~923年)以前から祀られていたとも言われています。その後室町時代の文明年間(1469年~1486年)に室町幕府8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)が東山山荘(ひがしやまさんそう・銀閣寺(ぎんかくじ))の造営した際に都の鬼門に当たる現在の千古山明神の森に移したと言われています。江戸時代前期の寛文年間(1661年~1673年)に第107代・後陽成天皇の皇子で、照高院第5代・道光法親王(どうこうほっしんのう・道晃法親王)が天使大明神から天神宮に名称を改め、祈願所にしました。道光法親王は聖護院第28世門跡・園城寺長吏・天皇の護持僧を歴任し、1658年(万治元年)頃に白川照高院に移って照高院門跡になり、堂宇を復興しました。なお北白川天神宮は少彦名命を祀っています。また天照皇大神・春日社・八幡社・日吉社・加茂社・稲荷社なども祀られています。
*参考・・・北白川天神宮(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【北白川天神宮桜見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
北白川天神宮(アクセス・見どころ・・・)情報

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