清水寺中興堂・清水寺見どころ

清水寺中興堂

●清水寺中興堂は1995年(平成7年)の大西良慶(おおにしりょうけい)和上13回忌を記念して発願され、1997年(平成9年)に落慶しました。清水寺中興堂は中興開山・大西良慶和上の御霊屋(みたまや)です。
大西良慶(良慶和上)は1875年(明治8年)12月21日に奈良・旧多武峯寺(とうのみねじ)智光院(ちこういん)の住持の次男として生まれました。郡山中学で学び、1889年(明治22年)に15歳で法相宗(ほっそうしゅう)大本山である奈良・興福寺(こうふくじ)に入り、千早定朝(ちはやじょうちょう)師のもとで出家しました。1890年(明治23年)に聖徳宗(しょうとくしゅう)の総本山である奈良・法隆寺(ほうりゅうじ)103世管主・佐伯定胤(さえきじょういん)に唯識学(ゆいしきがく)を学びました。1899年(明治32年)に興福寺231世になり、1904年(明治37年)に法相宗管長になりました。その後1914年(大正3年)に清水寺住職も兼務したが、1942年(昭和17年)から清水寺住職に専念しました。1965年(昭和40年)に唯識の学風を高める為に北法相宗を設立し、初代管長になりました。また宗教者・科学者と京都仏教徒会議を結成し、日本宗教者平和協議会会長など仏教界の要職も歴任しました。大西良慶は良慶節と呼ばれる独特の説法で親しまれ、観音経講話などを記したり、京都初の老人ホームを設立したりしました。なお大西良慶は1983年(昭和58年)2月15日に107歳で亡くなりました。
一般的に御霊屋(おたまや・みたまや)は先祖の霊や貴人の霊を祀る堂塔です。御霊屋は霊廟(れいびょう)などとも言われています。
●清水寺中興堂は正面約5.5メートル・奥行約7メートル・高さ約8.5メートルで、宝形造(ほうぎょうづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。
宝形造は隅棟(すみむね)が屋根の中央に集まり、屋根の頂部に水平の棟を作らない屋根形式です。ちなみに宝形造は寄棟造(よせむねづくり)のように雨が四方に流れ落ちます。宝形造の名称は露盤(ろばん)・伏鉢(ふくばち)・宝珠(ほうじゅ))の総称を宝形と言うことに由来しています。なお宝形造は方形造とも言われています。屋根が六角形の場合に六注、八角形の場合に八注と言われています。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
清水寺見どころ

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