清水寺大日堂・清水寺見どころ

清水寺大日堂

●清水寺大日堂は宝性院(ほうしょういん)の境外塔頭(たちゅう)・真福寺(しんぷくじ)のことです。大日堂は戦国時代(室町時代後期)の1534年(天文3年)に建立されたとも、中御門(なかみかど)富小路(とみのこうじ)に建立されていた尊体寺(そんだいじ)が現在の場所に移され、寺号を真福寺に改めたとも言われています。その後江戸時代後期の天保年間(1831年~1845年)に僧・一円(いちえん)が中興しました。なお大日堂は近代まで清水寺の法相宗(ほっそうしゅう)と真言宗(しんごんしゅう)を兼学でした。
宝性院は清水寺の執行職を務めた清水寺の塔頭でした。清水寺はかつて三職六坊と言われる塔頭によって維持・運営されていました。三職は寺主(住職・住持)に当たる執行、副寺主に当たる目代、寺の維持管理などに当たる本願を指し、執行は宝性院、目代は慈心院、本願は成就院が努めました。宝性院・成就院は現在も存在し、慈心院は本堂のみが随求堂(ずいぐどう)として残されています。六坊は三職に次ぐ寺格を有する義乗院・延命院・真乗院・智文院・光乗院・円養院です。延命院は現在も存在し、真乗院は安土桃山時代に織田信長(おだのぶなが)によって廃絶され、成就院が寺籍を継ぎ、義乗院・智文院・光乗院・円養院は明治維新後の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で廃絶しました。
●清水寺大日堂はかつて平安時代に造仏され、真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)作とも言われる大日如来坐像(重要文化財)を安置していたが、現在は宝蔵殿に収蔵されています。清水寺大日堂は現在、2011年(平成23年)の東日本大震災で倒された名勝・高田松原の松を使って造仏された大日如来坐像を安置しています。大日如来坐像は光背まで含めると像高約3メートルになります。大日如来坐像は陸前高田市の復興プロジェクトの一環として、津波で流出した松を仏像に再生しようと京都伝統工芸大学校の仏像彫刻専攻の学生らが中心となって制作しました。ちなみに復興プロジェクトでは鎮魂と復興への祈りを多くの人々に刻んでもらおうと復興イベント「1万人のひとノミひと削り」を展開し、ブータン国王夫妻を含む約1万1千人がノミを入れました。
大日如来は真言密教(しんごんみっきょう)の教主で、宇宙の実相を仏格化した根本仏とされています。大日如来は太陽神が起源とされ、宇宙の根元で、諸仏・諸菩薩の本地とされています。なお大日如来は平安時代前期に真言宗の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が密教とともに中国・唐から日本に伝えました。大日如来は日本の密教において最高仏として位置付けられ、大日信仰が成立しました。
清水寺見どころ

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