清水寺百体地蔵堂・清水寺見どころ

清水寺百体地蔵堂

●清水寺百体地蔵堂は1921年(大正10年)に釈迦堂(しゃかどう)と阿弥陀堂(あみだどう)の間の奥に建立されたと言われています。清水寺百体地蔵堂では毎年8月23日に地蔵盆会(じぞうぼんえ)が行われています。ちなみに毎月24日は地蔵菩薩の縁日とされています。百体地蔵堂は子供を亡くした親が子供に似た地蔵を探し、篤く信仰したとも言われています。
地蔵菩薩は菩薩の一尊です。地蔵菩薩はお釈迦様(釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ))が没し、5億7,600万年後か、56億7,000万年後に弥勒菩薩(みろくぼさつ)が出世成道するまでの間、無仏の五濁悪世(ごじょくあくせ)で六道(地獄道(じごくどう)・餓鬼道(がきどう)・畜生道(ちくしょうどう)・修羅道(しゅらどう)・人道(にんげんどう)・天道(てんどう))に苦しむ衆生を教化救済するとされています。日本では地蔵菩薩は「子供の守り神」とされ、小児の成長を見守り、夭折した小児の死後を救い取ると信じられています。親に先立って死亡した小児は親不孝の報いで苦を受け、親の供養の為に賽の河原(さいのかわら)で石の塔婆を作るが、鬼が塔婆を破壊し、何度も繰り返さなければならないが、最終的に地蔵菩薩が救済します。また地蔵菩薩は道祖神(どうそじん)と習合した為、全国の街道・辻々に石像が数多く祀られています。地蔵菩薩は「地蔵菩薩本願経(じぞうぼさつほんがんきょう)」で善男善女の為の二十八種利益と天龍鬼神の為の七種利益が説かれています。二十八種利益は天龍護念・善果日増・集聖上因・菩提不退・衣食豊足・疾疫不臨・離水火災・無盗賊厄・人見欽敬・神鬼助持・女転男身・為王臣女・端正相好・多生天上・或為帝王・宿智命通・有求皆従・眷属歓楽・諸横消滅・業道永除・去処盡通・夜夢安楽・先亡離苦・宿福受生・諸聖讃歎・聰明利根・饒慈愍心・畢竟成佛です。七種利益は速超聖地・悪業消滅・諸佛護臨・菩提不退・増長本力・宿命皆通・畢竟成佛です。なお地蔵菩薩は頭を丸め、左手に宝珠(ほうじゅ)、右手に錫杖(しやくじよう)を持っています。
●清水寺百体地蔵堂は入母屋造(いりもやづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
桟瓦葺は平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用して屋根を葺く方法です。ちなみに本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
清水寺見どころ

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