清水寺春日社(鎮守堂)・清水寺見どころ

●清水寺春日社(鎮守堂)は1966年(昭和41年)6月11日に国の重要文化財に指定されました。
●清水寺春日社(鎮守堂)は室町時代後期に再建され、江戸時代前期の1629年(寛永6年)に現在の場所に移されたと言われています。清水寺春日社は清水寺の法流の鎮守である奈良・春日大社(かすがたいしゃ)の春日大明神(かすがだいみょうじん)の来臨を願って祀られた鎮守堂です。なお鎌倉時代の絵巻物「春日権現霊験記(かすがごんげんげんき)」では法相宗(ほっそうしゅう)の教学・唯識論(ゆいしきろん)を学ぶ者は春日権現(かすがごんげん・春日大明神)によって守護されると説かれています。
春日大社は社伝によると約1,300年前に常陸国・鹿島神宮(かしまじんぐう)の武甕槌命(たけみかづちのみこと)を御蓋山(みかさやま)の山頂・浮雲峰(うきぐものみね)に勧請したのが起源と言われています。その後768年(神護景雲2年)に左大臣・藤原永手(ふじわらのながて)が第48代・称徳天皇の勅命により、現在の場所に社殿を造営し、下総国・香取神宮(かとりじんぐう)の経津主命(ふつぬしのおおみこと)や河内国・枚岡神社(ひらおかじんじゃ)の天児屋根命(あめのこやねのみこと)と比売神(ひめがみ)を勧請したと言われています。その後平安時代に藤原氏が隆盛すると官祭が行われるようになりました。ちなみに春日大社の例祭・春日祭は賀茂社(かもしゃ(上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・下鴨神社(しもがもじんじゃ)))の葵祭(あおいまつり)・石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)の石清水祭(いわしみずさい)とともに三大勅祭に数えられました。春日大社は藤原氏の氏寺だった法相宗(ほっそうしゅう )の大本山・興福寺(こうふくじ)と関係が深く、興福寺が実権を握っていた時期もありました。
●清水寺春日社(鎮守堂)は一間社(いっけんしゃ)春日造(かすがづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。清水寺春日社は細かな彫刻が桃山時代の様式美を表しています。
春日造は切妻造(きりづまづくり)の妻入(つまいり)で、正面に庇(ひさし)である階隠(はしかくし)を設け、屋根上(棟)に置き千木(ちぎ)・鰹木(かつおぎ)が付けられています。春日造は仏教建築の影響を受け、奈良時代中期に現れたとも言われています。春日造は奈良市の円成寺(えんじょうじ)の春日堂(国宝)・白山堂(国宝)が最古の例になります。ちなみに春日堂・白山堂は鎌倉時代の1228年(安貞2年)に春日大社の本殿を移築したものと言われています。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
清水寺見どころ

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