清水寺阿阿の狛犬・清水寺見どころ(修学旅行)

清水寺阿阿の狛犬

●清水寺阿阿の狛犬は棟高約14メートル・幅約10メートル・奥行き約5メートルの仁王門(重要文化財)前に建立されています。阿阿の狛犬は1924年(大正13年)に仁王門の石段などを修理した際に建立されたと言われています。阿阿の狛犬は一方が口を開けた阿形(あぎょう)、もう一方が口を閉じた吽形(うんぎょう)の狛犬と異なり、両方とも口を開けた「阿阿」になっており、清水寺七不思議に数えられています。ちなみに「阿」には万物の始まり、「吽」には万物の終わりという意味があるそうです。阿阿の狛犬にはお釈迦様の教えを世に大声で知らしめる為とも言われています。なお阿阿の狛犬は奈良・東大寺(とうだいじ)南大門に建立されている狛犬(重要文化財)がモデルとも言われています。東大寺では平安時代末期の南都焼き討ちからの復興の為、宋(中国)から石工が招かれ、両方口を開けている中国式の狛犬が建立されたと言われています。
狛犬は神社・寺院の入口に守護の為に建立されています。狛犬は古代インドでお釈迦様の守護獣として、その両脇にライオンの像を置いたのが起源とも言われています。狛犬は仏教とともに唐(中国)から伝わったとも言われています。また朝鮮半島の高麗(こうらい)から伝来したとも言われ、高麗犬から狛犬になったとも言われています。狛犬は飛鳥時代に建立された奈良・法隆寺の五重塔のように左右の姿に差異はなかったが、平安時代に左右の姿が異なるようになったと言われています。平安時代中期に清涼殿(せいりょうでん)の御帳(御帳台)の前に魔除けとして、左に口を開いた獅子像、右に口を閉じ、1角をもつ狛犬像が1対並べて置かれたと言われています。狛犬は一般に陰陽になぞらえ、向かって右側に開口の阿形(あぎょう)、左側に閉口の吽形(うんぎょう)が向かい合わせに建立されます。なお狛犬には木製・石製のものが多いが、青銅製・鉄製・陶製のものもあります。
仁王門は清水寺の正門で、朱塗り(しゅぬり)の三間一戸(さんげんいっこ)の楼門(ろうもん)であることから赤門とも言われています。仁王門は室町時代中期の応仁の乱(おうにんのらん・応仁文明の乱(おうにんぶんめいのらん))で焼失し、室町時代後期(16世紀初頭)に再建されました。仁王門には三蹟(さんせき・三跡)の一人である藤原行成(ふじわらのゆきなり)筆の扁額(へんがく)「清水寺」が掛けられています。また仁王門には左右に鎌倉時代に造仏された金剛力士(こんごうりきし・仁王(におう))像が安置されています。なお仁王門は入母屋造(いりもやづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
お釈迦さま(釈迦牟尼 ゴータマ・シッダッタ)は仏教の開祖です。ちなみに仏陀とは悟った者・目覚めた者を意味するお釈迦様の尊称です。お釈迦さまは約2,500年前の旧暦の4月8日、インド国境に近いネパールのルンビニーの花園で、父・シャカ族の国王である浄飯王(シュッドーダナ)と母・摩耶夫人(マーヤー)との間に生まれました。お釈迦さまは生まれてすぐに7歩歩き、右手で天、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と唱えたとも言われています。29歳で出家し、35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、明星出現と同時にブッダガヤの菩提樹の下で、悪魔の誘惑に負けずに悟りを開きました。その後約45年間に渡り、インド各地を回って教えを説き、クシナーラで亡くなりました。お釈迦さまの遺骸は火葬され、遺骨は各地のストゥーパに分けて祀られたそうです。
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