清水寺経堂・清水寺見どころ

清水寺経堂

●清水寺経堂は1966年(昭和41年)6月11日に国の重要文化財に指定されました。
●一般的に経堂は経典や仏教に関する書物を収蔵する建物です。経堂は経蔵(きょうぞう)・経庫(きょうこ)などとも言われています。経堂は寺院の主要伽藍である七堂伽藍(金堂(本堂)・塔・講堂・鐘楼・経蔵(経堂)・僧坊・食堂(じきどう))に数えられることもあります。経堂には古くは高床式・校倉造(あぜくらづくり)など建物がありました。また回転式の書架に経典などを納める輪蔵(りんぞう)と言われる様式もありました。
●清水寺経堂は平安時代中期に一切経(いっさいきょう)を所蔵し、現在は釈迦三尊(釈迦如来(しゃかにょらい)像・普賢菩薩(ふげんぼさつ)像・文殊菩薩(もんじゅぼさつ)像)を安置しています。経堂ではかつて全国から学問僧が集まる講堂として栄えたそうです。
一切経は仏教の経典を総集したものです。一切経は経蔵(きょうぞう・仏の教説集)・律蔵(りつぞう・仏弟子の生活規範)・論蔵(ろんぞう・インド仏教学者による経の解釈)の三蔵(さんぞう)を中心にそれらの注釈書などを加えたものです。一切経には古代インドの標準的文章語である梵語(ぼんご・サンスクリット語)・古代中西部インドのパーリ語の原典にチベット語・中国語・蒙古語・満州語などの訳本があります。一切経は大蔵経(だいぞうきょう)とも言われています。一切経は中国の南北朝時代(439年~580年)から使用され、大蔵経は中国の隋時代(581年~618年)から使用されています。
お釈迦さま(釈迦牟尼 ゴータマ・シッダッタ)は仏教の開祖で、世界四聖の一人です。ちなみに仏陀とは悟った者・目覚めた者を意味するお釈迦様の尊称です。お釈迦さまは約2,500年前の旧暦の4月8日、インド国境に近いネパールのルンビニーの花園で、父・シャカ族の国王である浄飯王(じょうばんのう・シュッドーダナ)と母・摩耶夫人(まやふじん・マーヤー)との間に生まれました。お釈迦さまは生まれてすぐに7歩歩き、右手で天、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と唱えたとも言われています。29歳で出家し、35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、明星出現と同時にブッダガヤの菩提樹の下で、悪魔の誘惑に負けずに悟りを開きました。その後約45年間に渡り、インド各地を回って教えを説き、クシナーラで亡くなりました。お釈迦さまの遺骸は火葬され、遺骨は各地のストゥーパに分けて祀られたそうです。
普賢菩薩は菩薩の一尊で、一般的に文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍(きょうじ・わきじ)とされています。普賢菩薩は理知・慈悲を司り、法華経を護持する者を守護するとされています。法華経(ほけきょう、ほっけきょう)は女人成仏を説いていることから普賢菩薩は女性の篤く信仰されています。
文殊菩薩は菩薩の一尊で、一般的に普賢菩薩とともに釈迦如来の脇侍とされています。文殊菩薩は智慧を司り、「三人寄れば文殊の智恵」ということわざの由来になっています。文殊菩薩は般若波羅蜜(はんにゃはらみった)を説き、般若経(はんにゃ)を編集したとも言われています。
清水寺見どころ

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