金蔵寺桜見ごろ(4月中旬頃)

金蔵寺桜見ごろ

金蔵寺桜見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。金蔵寺には枝垂桜・山桜などが植えられ、桜と護摩堂などの山内の光景が美しいとも言われています。枝垂桜は金蔵寺を再建した江戸幕府5代将軍・徳川綱吉の母・桂昌院お手植えとも言われているそうです。見晴台からは京都市内を一望することができます。(詳細下記参照)

【金蔵寺桜見ごろ時期 2020年(要確認)】
金蔵寺の桜見ごろは例年4月中旬頃です。ただ桜の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2021年の桜見ごろは2021年1月下旬頃から情報発信します。
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【金蔵寺桜・金蔵寺 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市西京区大原野石作町1639-11
最寄り駅・バス停・・・南春日町(徒歩約20分)

阪急バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*阪急電鉄京都本線・東向日駅からは南春日町行き
*JR・向日町駅からは南春日町行き
阪急バス・アクセスダイヤ

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【金蔵寺桜見ごろ時期】
金蔵寺はあまり知られていない桜の名所です。金蔵寺の桜見ごろは例年4月中旬頃です。金蔵寺は標高約642メートルの小塩山(おしおやま)の中腹、標高約350メートルに建立され、市街地よりも見ごろが遅くなります。金蔵寺には枝垂桜(シダレザクラ)・山桜(ヤマザクラ)などが植えられ、桜と護摩堂などの山内の光景が美しいとも言われています。枝垂桜は金蔵寺を再建した江戸幕府5代将軍・徳川綱吉(とくがわつなよし)の母・桂昌院(けいしょういん)お手植えとも言われているそうです。なお見晴台からは京都市内を一望することができます。
桂昌院(お玉)は京都・西陣の八百屋の娘から江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)の側室になり、4代将軍となる綱吉を生んだことから「玉の輿(たまのこし)」の由来になったとも言われています。金蔵寺には桂昌院廟が建立され、石塔下に桂昌院の遺髪が納められていると言われています。
護摩堂は江戸時代中期に江戸幕府5代将軍・徳川綱吉の母・桂昌院が書院などとともに再建しました。
枝垂桜(シダレザクラ)はバラ科サクラ属の一種で、彼岸頃(3月下旬頃)に花を咲かせる江戸彼岸(エドヒガン)の枝垂れ品種です。枝垂桜には八重紅枝垂(ヤエベニシダレ)・紅枝垂(ベニシダレ)・清澄枝垂(キヨスミシダレ)などがあります。枝垂桜は開花時期が3月下旬頃から4月上旬頃で、染井吉野(ソメイヨシノ)よりも早くなります。
桜(染井吉野)は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。また地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開になるとも言われています。

【金蔵寺 歴史・簡単概要】
金蔵寺(こんぞうじ)は奈良時代の718年(養老2年)に隆豊禅師(りょうほうぜんじ)が第44代・元正天皇の勅願によって創建したと言われています。隆豊禅師は標高約642メートルの小塩山(おしおやま)の山中で光り輝くクスノキを見つけ、「山の神」と「天狗の力」を借りて本尊・観音像を自ら刻んだとも言われています。その後728年(神亀5年)に第45代・聖武天皇から勅額を賜り、794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇による平安京遷都の際、新都の平安を願って都の四方に経典を埋めたとして、第50代・桓武天皇から西岩倉山の山号を賜ったとも言われています。しかし応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火で焼失し、江戸時代に江戸幕府5代将軍・徳川綱吉(とくがわつなよし)の母・桂昌院(けいしょういん)の帰依によって再建されました。桂昌院は6歳から13歳まで金蔵寺に住したとも言われています。しかしその後も本堂などが焼失し、江戸時代後期の1808年(文化5年)に再建されました。金蔵寺は本尊・十一面千手観音像を安置しています。なお金蔵寺は京都洛西観音霊場(きょうとらくさいかんのんれいじょう)の第2番札所です。
金蔵寺は天台宗の寺院です。
*参考・・・金蔵寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【金蔵寺桜見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
金蔵寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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