高台寺庫裏・高台寺見どころ

高台寺庫裏

●高台寺庫裏は1912年(大正元年)に再建されました。高台寺は江戸時代後期の寛政年間(1789年~1801年)・幕末(江戸時代末期)に火災に見舞われています。高台寺庫裏は拝観受付の側にあり、方丈と繋がっています。ただ高台寺庫裏は通常非公開で、玄関に「夢」と書かれた衝立(ついたて)があります。
一般的に庫裏(庫裡・庫院)は寺院の僧侶の居住する場所や食事を調える場所です。庫裏は禅宗寺院で、仏像を安置して礼拝する仏殿・三解脱門(さんげだつもん)である三門(山門)・仏道修行に励む僧堂・僧侶が仏教を講義する法堂(はっとう)・浴場である浴室・トイレである東司(とうす)とともに七堂伽藍に数えられました。庫裏は大規模な寺院では独立した建物として建立されるが、一般的な寺院では寺の事務を扱う寺務所と兼用となっていることが多くなっています。
方丈(大方丈)は1912年(大正元年)に再建されました。方丈はかつて桃山時代に関白・豊臣秀吉が伏見城の建物として建て、1592年(天正20年)から1593年(文禄2年)の文禄の役後に高台寺に移されたと言われています。内部には狩野永徳・土佐光信らの襖絵で豪華に彩られ、豊臣秀吉が諸大名を集めて祝宴を開いたとも言われています。その後火災で焼失しました。なお高台寺方丈には本尊・釈迦如来坐像(宝冠釈迦)が安置されています。
●高台寺庫裏は切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。高台寺庫裏は屋根に煙だしがあります。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
高台寺見どころ

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