黒主山

黒主山

黒主山(祇園祭山鉾後祭)情報を紹介しています。黒主山はくじ取り式で巡行順を決め、7月24日の祇園祭山鉾巡行(後祭)で巡行します。黒主山は除けちまき(粽)と同様に家の戸口にさすと悪事が入ってこないと言われている桜の造花を山に飾って巡行します。

【山鉾巡行(後祭)日程(要確認)】
山鉾巡行(後祭)は毎年7月24日9:30に烏丸御池通を出発します。
祇園祭山鉾巡行(後祭)2020
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【黒主山 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市中京区室町通三条下る鳥帽子町
最寄り駅・バス停・・・四条駅(徒歩約8分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは地下鉄烏丸線
地下鉄・アクセスダイヤ

【黒主山 ちまきなどの授与品】
桜の花付きちまき(粽)・手拭・団扇・黒おたべなど
祇園祭ちまき販売(前祭)(日程・時間・・・)祇園祭ちまき販売(後祭)(日程・時間・・・)祇園祭ちまき

【黒主山 搭乗】

【黒主山 ご利益】
盗難除け・疾病除け

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【黒主山 歴史・簡単概要】
黒主山(くろぬしやま)は謡曲・志賀に歌われている平安時代の歌人で、六歌仙の一人である大伴黒主(おおとものくろぬし)に由来しています。謡曲・志賀では帝の臣下が山桜を見に行き、薪に桜の枝を添えて花陰に休んでる老若の二人のきこりに出会います。臣下が花陰に休む理由を問うと老人が薪に花を添えた理由を大伴黒主の歌を引いて話し、黒主を偲んでのことだから許してほしいと言います。また自分は元は黒主と言われていたが、今は山の神と見るだろうと告げて帰ります。その夜花陰に休んでいた臣下一行の前に黒主の霊が志賀明神となって現れ、花吹雪の中で神神楽を舞います。なお大伴黒主は六歌仙の一人で、その歌は古今和歌集・後撰和歌集・拾遺和歌集に収録されています。また大伴黒主は弘文天皇の末裔とも、猿丸大夫(さるまるだゆう)の第3子とも言われ、貞観年間には三井寺(園城寺)神祀別当になっています。
*参考・・・黒主山(祇園祭山鉾後祭)ホームページ黒主山(祇園祭山鉾後祭)
祇園祭山鉾一覧

【黒主山 特徴・懸装品】
●御神体の大伴黒主には1789年(寛政元年)5月辻又七郎狛元澄作の銘があります。大伴黒主は謡曲・志賀に因んで、桜の花を仰ぎ眺めています。なおかつての大伴黒主の衣装は1675(延宝3年)の銘がある紺地菊唐 草文金襴小袖(こんのじきくからくさもんきんらんこそで)と1711年(正徳元年)の銘がある萠葱絽地牡丹文色入金襴大口袴(もえぎろじぼたんもんいろいりきんらんおおぐちはかま)でした。
●山に飾られた桜の造花は厄除けちまき(粽)と同様に家の戸口にさすと悪事が入ってこないと言われています。
●水引は雲龍文様の繻珍、前懸は萬暦帝即位の際の御服と言われている古錦を復元した五爪龍文様錦、胴懸は草花胡蝶文様の綴錦です。見送の牡丹鳳凰文様は2004年(平成16年)にレプリカに代えられました。また隔年交替で使われている見送の宝散し額唐子嬉遊図もレプリカが作られました。なお後懸の飛龍文様綿入刺繍は2000年(平成12年)に新調されました。
●旧前掛の波濤飛龍図中国綴織は16世紀明時代の織物で、琉球最後の君主・尚寧王(ねいおう)が師・袋中上人(たいちゅうしょうにん)贈ったものです。現在京都国立博物館に保管されています。

【黒主山 備考(要確認)】
黒主山の山建て・・・7/20 8:00~
日程・時間は変更になっている場合があります。必ず確認して下さい。
祇園祭宵山2020祇園祭山鉾巡行2020

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