京都御所宮廷文化の紹介(秋)/11/(日程時間・・・)

京都御所

京都御所宮廷文化の紹介(秋)

京都御所宮廷文化の紹介(秋)(日程・時間・・・)を紹介しています。宮廷文化の紹介では諸大夫の間・回廊・紫宸殿・清涼殿・大臣宿所・小御所・御学問所・御常御殿・御三間・管理事務棟が公開され、儀式の紹介・人形展示では叙位と除目の儀式の様子が儀式書や絵巻などを参考に人形と調度品で紹介されます。なお期間中に雅楽・蹴鞠が行われます。(詳細下記参照)

【京都御所宮廷文化の紹介(秋)2018 日程時間(要確認)】
京都御所宮廷文化の紹介(秋)2018は2018年11月1日(木曜日)~11月5日(月曜日)9:00~15:20まで行われています。なお10月30日・31日・11月6日は通年公開は休止になります。

【京都御所宮廷文化の紹介(秋) アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市上京区
最寄り駅・バス停・・・今出川駅(徒歩約5分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは地下鉄烏丸線
地下鉄・アクセスダイヤ

【宮廷文化の紹介(秋)2018 イベント(要確認)】
●11月3日(土曜日)10:00・11:00・・・雅楽
●11月4日(日曜日)10:00・11:00・・・蹴鞠

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【京都御所宮廷文化の紹介(秋) 歴史・簡単概要】
京都御所宮廷文化の紹介(きゅうていぶんかのしょうかい)では諸大夫の間(遣戸(やりど)・障子開放)・回廊の東側(生け花展示)・紫宸殿(高御座・御帳台)・清涼殿(儀式の紹介・人形展示)・大臣宿所(十二単展示)・小御所(半蔀(はじとみ)・障子開放)・御学問所(遣戸・障子開放)・御常御殿の東側(遣戸・障子開放)・御常御殿の南側(半蔀・障子開放)・御三間(遣戸・障子開放)・管理事務棟(御倚子の展示)が公開されます。ちなみに清涼殿での儀式の紹介・人形展示では平安時代から宮中で行われてきた叙位(位階を授かる儀式)と除目(官職に任命される儀式)の儀式の様子が儀式書や絵巻などを参考に人形と調度品で紹介されます。
諸大夫の間(しょだいぶのま)は身分別に分かれ、公卿の間は参議以上の公家が使用しました。
紫宸殿(ししんでん)は内裏の正殿で、天皇の即位などの公的な最重要儀式が行われました。
清涼殿(せいりょうでん)は平安時代には天皇が居住しました。
小御所(こごしょ)は皇太子の元服などの儀式に使われました。
御学問所(おがくもんじょ)は御講書始などの行事や遊興の場に使われました。
御常御殿(おつねごてん)は天皇が居住しました。
御三間(おみま)は涅槃会(ねはんえ)・盂蘭盆(うらぼん)などの行事が行われました。
●京都御所の歴史(創建から現在)を紹介しています。
京都御所歴史(土御門東洞院殿・・・)
●京都御所の見どころ(紫宸殿・清涼殿など)を紹介しています。
京都御所見どころ(紫宸殿・清涼殿など)

【京都御所 歴史・簡単概要】
京都御所(きょうとごしょ)は794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇による平安京遷都の際、内裏に代わる臨時の里内裏・土御門東洞院殿(つちみかどひがしのとういんどの)があった場所です。ちなみに平安京遷都時の内裏は現在の京都御所から西約1.7キロの千本通(平安京の朱雀大路)沿いにあったが、失火や政変による火災によって度々焼失し、1227年(安貞元年)の火災ではほぼ焼失したと言われ、その後再建されることはありませんでした。その後南北朝時代に第96代・後醍醐天皇が京都を逃れ、光厳天皇が北朝初代天皇になると土御門東洞院殿は北朝の内裏に定着し、1392年(明徳3年)の南北朝の合一以後は正式な御所になりました。室町時代に室町幕府3代将軍・足利義満が敷地を拡大し、織田信長や関白・豊臣秀吉が整備しました。しかしその後度々焼失し、その都度再建されたり、建て替えられたりし、1855年(安政2年)に現在の内裏が再建されました。なお明治維新後の東京遷都により、京都御所は京都皇宮(きょうとこうぐう)と言われるようになりました。
京都御所は京都府京都市上京区にある皇室関連施設です。
*参考・・・京都御所(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ

【京都御所宮廷文化の紹介(秋) 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
京都御所(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報
京都11月のイベント・行事

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