萬福寺斎堂・萬福寺見どころ(修学旅行・観光)

萬福寺斎堂

●萬福寺斎堂は1913年(大正2年)4月14日に国の重要文化財に指定されました。
●萬福寺斎堂は江戸時代中期の1668年(寛文8年)に建立されました。斎堂は僧の食事を見守る火徳神とされる緊那羅王菩薩(きんならおうぼさつ)立像を安置し、高脚飯台と腰掛がある本山僧衆の食堂です。斎堂には表に鬼界の衆生に施す飯を乗せる生飯台(さばだい)もあります。前方入口の前には「開ぱん(かいぱん)」と「雲版(うんぱん)」もあり、食堂は禅悦堂(ぜんえつどう)とも言われています。
緊那羅王菩薩立像は1662年(寛文2年)に清(中国)の仏師・范道生(はんどうせい)が造仏しました。緊那羅王菩薩立像は像高約107.5センチの木造です。
緊那羅王菩薩は仏教において仏法および仏教徒を守護する護法善神(ごほうぜんじん)の一尊で、天(てん)・龍(りゅう)・夜叉(やしゃ)・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅(あしゅら)・迦楼羅(かるら)・摩ご羅伽(まごらが)とともに天竜八部衆(てんりゅうはちぶしゅう)に数えられています。緊那羅王菩薩は元々インド神話の神で、半身半獣の人非人だが、人にも、畜生にも、鳥にも該当しないとされています。夜叉とともにヒンドゥー教の神で、創造神・トリムルティに数えられるブラフマーの爪先から生まれ、カイラス山にあるクベーラの天界で、楽師として音楽を奏でるとされています。また美しい声で歌う音楽の神とされています。ちなみに男性の緊那羅は半人半馬とも、馬頭人身とも、人頭馬身とも言われています。緊那羅王菩薩は仏教で乾闥婆(けんだつば)とともに仏教の守護神である天部(てんぶ)の一尊である帝釈天(たいしゃくてん)の眷属とされています。緊那羅王菩薩は密教で胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)の外金剛部院(げこんごうぶいん)北方に配せられています。
●萬福寺斎堂は桁行五間・梁間六間で、入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
萬福寺見どころ

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