松尾大社パワースポット・ご利益(酒業繁栄)

松尾大社見どころ

松尾大社パワースポット・ご利益

松尾大社のパワースポット・ご利益を紹介しています。松尾大社は松尾山を水源とする霊泉・亀の井を酒の醸造の際に加えると酒が腐らないとされたり、酒造技術を伝えた渡来系氏族・秦氏が松尾山の神を秦氏の総氏神として奉斎したりしたことから酒業繁栄のご利益があると言われています。

【松尾大社 歴史・簡単概要】
松尾大社(まつのおたいしゃ)は太古の昔、松尾山の山霊を頂上に近い大杉谷の上部の磐座(いわくら)に生活の守護神として祭神・大山咋神(おおやまぐいのかみ)を祀ったのが起源とも言われています。その後5世紀頃に秦(しん)の始皇帝(しこうてい)の子孫と称する渡来系氏族・秦氏(はたうじ)が松尾山の神を秦氏一族の総氏神として祀り、開拓に従事したとも言われています。飛鳥時代後期の701年(大宝元年)に秦忌寸都理(はたのいみきとり)が第42代・文武天皇(もんむてんのう)の勅命によって現在の場所に社殿を造営し、知満留女(ちまるめ)を斎女として松尾山山上の磐座に祀られていた神霊を社殿に移して祀りました。その後794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇(あんむてんのう)による平安京遷都後、東の賀茂社(上賀茂神社(賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ))・下鴨神社(賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)))とともに「東の厳神・西の猛霊」と並び称され、西の王城鎮護社に位置付けられました。平安時代前期の承和年間(834年~847年)に神階・従三位(じゅうさんい)、852年(仁寿2年)に正二位(しょうにい)、859年(貞観元年)に正一位(しょういちい)に叙され、その後に勲一等(くんいっとう)に叙せられました。その後「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)・927年(延長5年)編纂」では名神大社(みょうじんたいしゃ)とされ、明神二十二社・上七社では第4位に記されました。

【松尾大社パワースポット・ご利益】
松尾大社は松尾山を水源とする霊泉・亀の井(かめのい)を酒の醸造の際に加えると酒が腐らないとされたり、酒造技術を伝えた渡来系氏族・秦氏が松尾山の神を秦氏の総氏神として奉斎したりしたことから酒業繁栄のご利益があると言われています。亀の井は松尾大社の神使・亀に由来し、酒業繁栄だけでなく、諸病に効くことから延命長寿・蘇りの水とも言われています。ちなみに松尾大社の祭神・大山咋神(おおやまぐいのかみ)は室町時代以降に酒の神として崇敬されるようになり、全国の酒造家に篤く信仰し、亀の井を持ち帰るようになりました。なお松尾大社は大山咋神・中津島姫命(なかつしまひめのみこと・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)を祀っています。

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【相生の松 松尾大社】
相生の松は本殿のそばにあり、雌雄根を同じくしていたことから夫婦和合・恋愛成就のご利益があると言われています。なお相生の松は樹齢約350年と言われていたが、1956年(昭和31年)・1957年(昭和32年)に相次いで天寿を全うし、1972年(昭和47年)某氏天声によって神意を得て、大しめ縄を幹に巻いて覆屋を設けて保存されることになりました。

【撫で亀さん 松尾大社】
撫で亀さんは撫でると霊威により、健康長寿のご利益があると言われています。なお松尾大社の大神は太古に山城丹波の国を拓く為に保津川を遡った際、緩流では亀に乗って進んだと言われ、それ以来亀は松尾大社のお使い(使徒)として崇められるようになりました。
松尾大社の霊亀(れいき)の滝では首に3つの星、背に7つの星がある黄金の亀が見つかり、朝廷に献上され、吉兆として元号が「霊亀」に改められました。

【幸運の双鯉 松尾大社】
幸運の双鯉(そうり)は出世開運のご利益があると言われています。なお松尾大社の大神は太古に山城丹波の国を拓く為に保津川を遡った際、急流では鯉に乗って進んだと言われ、それ以来鯉は松尾大社のお使い(使徒)として崇められるようになりました。

【重軽の石 松尾大社】
重軽の石(おもかるの石)は願い事が叶うご利益があると言われています。重軽の石を持ち上げて願い事を祈願し、もう一度重軽の石を持ち上げます。最初よりも軽く感じると願いが叶い、重く感じると成就は難しいと言われています。

【月読神社 松尾大社】
松尾大社の境外摂社・月読神社(つきよみじんじゃ)の月延石(つきのべのいし)はお腹を撫でると安産になると言われています。なお月延石は懐妊中の神功皇后が新羅を攻略する際、石を腹に抱いて出征し、その石を取ると安産したということに由来しています。

【松尾大社パワースポット・ご利益 備考】
松尾大社見どころ(本殿・拝殿など)

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