松尾大社楼門・松尾大社見どころ

松尾大社楼門

●松尾大社楼門は江戸時代前期の1667年(寛文7年)に表参道に建立されたと言われています。松尾大社楼門には左右に随神(ずいじん)が安置され、随神の周囲に張り巡らせた金網にたくさんの杓子(しゃくし)が差されています。杓子に願い事を記して差すと救われると言われ、祈願杓子とも言われいます。ちなみに杓子はご飯をすくうから転じ、「救う」になったとも言われています。
一般的に楼門は寺社の入口にある二階建て(重層)の門です。楼門は下層に屋根のないものを言い、下層に屋根があるものを二重門と言います。
随身は平安時代以後に貴人の外出の際、朝廷の命令で護衛として従った者です。随身は弓矢を持ち、太刀を帯びていました。随身は近衛府(このえふ・こんえふ)・舎人(とねり)・内舎人(うどねり)などが務めました。
杓子はご飯を盛ったり、汁などをすくったりする台所用具です。女房詞(にょうぼうことば)ではしゃもじとも言われています。ちなみに杓子は古くはカイとも、ヘラとも言われていました。なお杓子は山神祭(やまのかみまつり)の採物(とりもの)ともされていることから主婦のことを山の神とも言います。
●松尾大社楼門は桁行(間口)三間・梁間(奥行)二間の三間一戸の楼門で、入母屋造(いりもやづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。ちなみに松尾大社楼門は高さ約11メートルです。なお松尾大社楼門は華美な装飾はなく、和様系の楼門です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
和様は鎌倉時代に中国・宋から伝わった建築様式(大仏様・禅宗様)に対して、それ以前に日本の寺院建築に用いられてきた建築様式です。ただ和様のもとになった建築様式も仏教などとともに中国から伝わっています。和様は飛鳥時代・奈良時代に中国から伝えられ、平安時代に日本で発展しました。和様には柱が太く、天井を低い・床を張り、縁側を造る・蟇股(かえるまた)や間斗束(けんとづか)という部材を置くなどの特徴があります。なお鎌倉時代末期頃には和様・大仏様・禅宗様を折衷した折衷様(せっちゅうよう)も生まれました。
松尾大社見どころ

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