壬生寺大念仏堂・壬生寺見どころ(修学旅行・観光)

壬生寺大念仏堂

●壬生寺大念仏堂は1980年(昭和55年)1月26日に国の重要文化財に指定されました。
●壬生寺大念仏堂は江戸時代後期の1856年(安政3年)に再建されました。大念仏堂では重要無形民俗文化財に指定され、「壬生寺のカンデンデン」という愛称で親しまれている壬生狂言(壬生大念仏狂言)が毎年節分・春・秋に演じられています。
壬生狂言は鎌倉時代後期の1300年(正安2年)に融通念仏宗(ゆうずうねんぶつしゅう)の僧・円覚上人が壬生寺で大念仏会(だいねんぶつえ)を行った際、身振り手振りのパントマイム(無言劇)で仏の教えを広める持斎融通念仏(じさいゆうづうねんぶつ)を考えついたのが起源と言われています。春に行われている壬生狂言は壬生寺の法要で行われる朝・昼・夜の勤行(ごんぎょう)の内、昼の勤行として本尊・延命地蔵菩薩(えんめいじぞうぼさつ)に奉納するもので、1300年(正安2年)から700年以上途絶えることなく続けられているそうです。なお壬生狂言は千本ゑんま堂(引接寺)のゑんま堂狂言・嵯峨釈迦堂(清凉寺)の嵯峨大念仏狂言とともに京の三大狂言に数えられています。
壬生狂言の演目には愛宕詣(あたごまいり)・安達ヶ原(あだちがはら)・大江山(おおえやま)・桶取(おけとり)・大原女(おはらめ)・餓鬼角力(がきずもう)・蟹殿(かにどん)・熊坂(くまさか)・賽の河原(さいのかわら)・酒蔵金蔵(さけぐらかねぐら)・節分(せつぶん)・大仏供養(だいぶつくよう)・大黒狩(だいこくがり)・玉藻前(たまものまえ)・土蜘蛛(つちぐも)・道成寺(どうじょうじ)・鵺(ぬえ)・橋弁慶(はしべんけい)・花折(はなおり)・花盗人(はなぬすびと)・舟弁慶(ふなべんけい)・炮烙割(ほうらくわり)・堀川御所(ほりかわごしょ)・本能寺(ほんのうじ)・棒振(ぼうふり)・紅葉狩(もみじがり)・山端とろろ(やまばなとろろ)・湯立(ゆたて)・夜討曽我(ようちそが)・羅生門(らしょうもん)の30演目あります。ちなみに節分には節分、春・秋の壬生狂言では毎日最初に炮烙割りが演じられ、演目の最後に節分で奉納された炮烙が割られます。炮烙は割れると願い事が成就するとも言われています。春の壬生狂言では最終日の夜の部で結願式(けちがんしき)が公開されます。
●壬生寺大念仏堂は二階建の狂言舞台です。大念仏堂は桁行約13.9メートル・梁間約5.9メートルで、入母屋造(いりもやづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)です。大念仏堂は北面に突出部が附属し、南面に切妻破風(きりづまはふ)付きです。大念仏堂には本舞台・橋掛かり以外に飛び込み・獣台(けものだい)などの特異な構造があります。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
桟瓦葺は平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用して屋根を葺く方法です。ちなみに本瓦葺は平瓦と丸瓦を交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。
壬生寺

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