妙心寺三門・妙心寺見どころ(修学旅行)

妙心寺三門

●妙心寺三門は1912年(明治45年)2月8日に国の重要文化財に指定されました。
●妙心寺三門は安土桃山時代の1599年(慶長4年)に建立されました。京都の三門(山門)の中では東福寺の三門(1405年(応永12年))・大徳寺の山門(下層1525年(大永5年)・上層1589年(天正17年))に次いで古いとも言われています。妙心寺三門は楼上に観音菩薩(円通大士(えんずうだいし)坐像)・十六羅漢像が安置され、極彩色鮮やかに飛天・鳳凰・龍が柱や梁に描かれています。
一般的に三門(山門)は一切は空と悟る空門(くうもん)・一切の執着を離れた無相門(むそうもん)・一切の願求(がんぐ)の念を捨てる無願門(むがんもん)の三境地を経て、仏国土(ぶっこくど)に至る門・三解脱門(さんげだつもん)のことです。三門は寺院の正門で、禅宗七堂伽藍(山門・本尊を安置する仏殿(金堂)・僧侶が仏教を講義する法堂(はっとう)・坐禅など仏道修行に励む僧堂(そうどう)・僧侶が居住する庫裏(くり)・トイレである東司(とうす)・浴室である浴室(よくどう))に数えられています。なお山門は本来山上に建てられた寺院の門のことを言っていたが、現在は平地に建てられた寺院の門のことも言います。
観音菩薩は菩薩の一尊で、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)・観自在菩薩(かんじざいぼさつ)・救世菩薩(くせぼさつ)・観音さまなどとも言われています。観音菩薩は人々の救いを求める声を聞き、その苦悩から救済すると言われています。観音菩薩は救う相手の姿に応じて千変万化の相となると言われています。「観音経」では様々に姿を変える三十三応化身(さんじゅうさんおうげしん)が説かれています。
十六羅漢の羅漢(阿羅漢(あらかん))は仏の教えを護り、伝えることのできる優れた僧侶に与えられた名前です。羅漢は最高の悟りを得て、尊敬や施しを受けるに相応しい聖者です。十六羅漢は方位の四方八方を倍にした数で、あらゆる場所に羅漢がいることを意味するそうです。十六羅漢は賓度羅跋ら惰闍(びんどらばらだじゃ)・迦諾迦伐蹉(かなかばっさ)・迦諾迦跋釐堕闍(かなかばりだじゃ)・蘇頻陀(すびんだ)・諾距羅(なこら)・跋陀羅(ばだら)・迦理迦(かりか)・伐闍羅弗多羅(ばじゃらほたら)・戍博迦(じゅばか)・半託迦(はんたか)・ら怙羅(らごら)・那迦犀那(なかさいな)・因掲陀(いんがだ)・伐那婆斯(ばなばす)・阿氏多(あじた)・注荼半託迦(ちゅだはんたか)です。
●妙心寺三門は高さ約16メートルの二階二重門(五間三戸)で、入母屋造の本瓦葺です。妙心寺三門は両側に桁行二間・梁間二間で、切妻造の本瓦葺の山廊があります。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
妙心寺見どころ

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