南禅寺法堂・南禅寺見どころ

南禅寺法堂

●南禅寺法堂は1909年(明治42年)に再建されました。南禅寺法堂はかつて創建当時に建立されたと言われているが、室町時代の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))によって焼失しました。その後1479年(文明11年)頃に再建され、江戸時代初期の1606年(慶長11年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の子・豊臣秀頼(とよとみひでより)の寄進によって大改築されたが、1893年(明治26年)の火災によって焼失しました。1909年(明治42年)に現在の南禅寺法堂が再建され、1990年(平成2年)の開山・大明国師(無関普門(むかんふもん))700年大遠忌記念行事として、屋根の茸替え工事や床の敷瓦の取り替え工事が行われ、1990年(平成2年)に落慶法要が行われました。
一般的に法堂は寺院で僧侶が経典の講義や説教などをする堂塔です。法堂は禅宗寺院で用いられ、禅宗寺院以外では講堂(こうどう)と言われています。講堂は通常、中国・唐時代の伽藍配置に倣って、金堂(本堂)の背後に建立されています。講堂は奈良時代に建立が始まり、鎌倉時代以後にはほとんど建立されなくなったが、禅宗寺院で仏殿の背後に法堂として建立されました。講堂で講義する際には本尊を安置し、講師が本尊に向かい、礼盤(らいばん)に座って講義を行いました。なお講堂は多くの僧侶が参集することから金堂よりも大きく建立されるが、装飾性は少い堂塔です。
●南禅寺法堂は須弥壇上中央に本尊・釈迦如来、右に獅子に騎る文殊菩薩、左に象に騎る普賢菩薩を安置しています。南禅寺法堂の天井には日本画家・今尾景年(いまおけいねん)が描いた雲龍図があります。
今尾景年は江戸時代後期の1845年(弘化2年)9月13日に三井呉服店出入りの友禅悉皆業(ゆうぜんしっかいぎょう)・今尾猪助の三男として生まれました。1855年(安政2年)に11歳で浮世絵師・梅川東居(うめかわとうきょ)に弟子入りして浮世絵を学び、1858年(安政5年)に絵師・日本画家である鈴木百年(すずきひゃくねん)に入門して絵師・円山応挙(まるやまおうきょ)を祖とする四条円山派を学びました。百年の「年」と父・今尾猪助の敬愛する絵師・松村景文(まつむらけいぶん)の「景」から「景年」と号しました。今尾景年は花鳥画を得意とし、1875年(明治8年)の京都博覧会での受賞を皮切りにシカゴコロンブス万国博覧会・パリ万博など国内外の博覧会で多数受賞し、帝室技芸員・文展審査員・帝国美術院会員などを務めました。
雲龍図は龍が仏法を守護する八部衆(はちぶしゅう)のひとつとされていることから法堂(はっとう)などの天井に描かれています。法堂は僧侶が経典の講義や説教などをする場で、雨を呼ぶ水神の龍が仏法の教えを雨のように降らすと言われています。また水神の龍が寺院を火から守るとの意味も込められていると言われています。なお八部衆は天(てん)・夜叉(やしゃ)・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅(あしゅら)・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩ご羅伽(まごらが)です。
南禅寺見どころ

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