南禅寺の見どころ完全ガイド|水路閣などの観光スポット解説

南禅寺の見どころまとめ|国宝・重要文化財とおすすめ観光スポット
南禅寺は京都を代表する観光名所で、観光や修学旅行で訪れたい人気スポットです。南禅寺には女院御所の対面御殿を前身とする大方丈をはじめ、琵琶湖疏水の一部である水路閣、京都三大門に数えられる三門など多彩な見どころが揃っています。このページでは国宝・重要文化財やおすすめの観光スポットを分かりやすくまとめて解説し、歴史・建築様式なども交えて紹介します。
【水路閣(国宝・史跡)の見どころ解説|南禅寺最大の見どころ】
水路閣(すいろかく)は南禅寺観光で最も有名な見どころで、必ず訪れるべき定番スポットです。水路閣は蹴上船溜(けあげふなどまり)から分岐し、東山の山裾を北上する琵琶湖疏水(びわこそすい)の疏水分線にある煉瓦造(れんがづくり)の14連アーチ橋で、南禅寺のシンボルです。延長約93.1メートル・幅約4.06メートル・水路直径約2.4メートルで、最も高い場所が約13メートルあります。水路閣は建設当時に国内最長を誇った威風堂々として姿をしおり、写真・SNS映えします。水路閣は境内の南東に位置する拝観エリア外にあり、三門とともにテレビドラマなどのロケ地として有名です。
★水路閣は1887年(明治20年)に着工し、1888年(明治21年)に完成しました。京都府御用掛で、土木技術者・田辺朔郎(たなべさくろう)が設計しました。水路閣を含む琵琶湖疏水は京都府知事・北垣国道(きたがきくにみち)が京都近代化政策の一環として計画し、1885年(明治18年)に着工し、1894年(明治27年)に完成しました。なお水路閣はかつて亀山天皇陵前桟橋(かめやまてんのうりょうまえさんばし)・南禅寺桟橋と言われました。
★水路閣は煉瓦造で、一部花崗岩(かこうがん)の石造です。水路閣には2基の橋台・13基のアーチ型の橋脚があり、上部にロンバルディア帯が施されていています。水路閣は琵琶湖疏水の代表遺構として有名です。
【三門(重要文化財)の見どころ解説|京都三大門】
三門は知恩院(ちおんいん)の三門・東本願寺(ひがしほんがんじ)の御影堂門(ごえいどうもん)とともに京都三大門に数えられ、訪れるべきスポットです。三門は高さ約22メートルで、「天下竜門(てんかのりゅうもん)」と言われています。三門は2階が五鳳楼(ごほうろう)と言われ、宝冠釈迦(ほうかんしゃか)坐像・十六羅漢(じゅうろくらかん)像や藤堂家歴代の位牌(いはい)・大坂の陣の戦死者の位牌などを安置しています。また2階の天井に狩野探幽(かのうたんゆう)などが描いた極彩色の鳳凰(ほうおう)・天人(てんにん)図もあります。なお京都では三門の2階に登って拝観できる三門があまり多くなく、貴重な存在です。
★三門は1628年(寛永5年)に藤堂高虎(とうどうたかとら)が金地院崇伝(こんちいんすうでん)の勧めによって寄進し、1615年(元和元年)の大坂夏の陣で戦死した一門の武士の冥福を祈る為に建立されました。
★三門は五間三戸二階二重門(ごけんさんこにかいにじゅうもん)で、入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。両側にある山廊(さんろう)は切妻造(きりつまづくり)の本瓦葺です。
★三門は歌舞伎(かぶき)「楼門五三桐(さんもんごさんの きり)」で、桃山時代(1583年~1603年)の盗賊・石川五右衛門(いしかわごえもん)が「絶景かな、絶景かな。・・・」と見得を切る「南禅寺山門の場」とされています。ただ石川五右衛門は1594年(文禄3年)に亡くなっており、三門は30年以上経ってから建立されました。
【大方丈・小方丈(国宝)の見どころ解説|南禅寺の中心伽藍】
大方丈・小方丈は南禅寺の中心伽藍で、勅使門・三門・法堂とともに一直線上に建立されています。大方丈は桃山時代に造営された女院御所の対面御殿の貴重な遺構で、歴史的価値があります。大方丈には仏間(内陣)・御昼の間・鳴滝の間・麝香(じゃこう)の間・鶴の間・西の間・柳の間・狭屋(さや)の間などがあり、仏間以外に狩野派(かのうは)の絵師が描いた障壁画(重要文化財)が飾られています。障壁画は南禅寺に移築された際に配置・構成が大幅に変更されたが、建物同様に貴重な芸術作品です。小方丈には虎の間に絵師・狩野探幽(かのうたんゆう)が描いたと言われる群虎図があります。
★大方丈は天正年間(1573年~1593年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が女院御所の対面御殿として造営し、慶長年間(1596年~1615年)の御所建て替えの際に賜り、1611年(慶長16年)に移築されました。小方丈は寛永年間(1624年~1645年)に建立されました。
★大方丈は入母屋造のこけら葺(こけらぶき)です。欄間(らんま)の彫刻は左甚五郎(ひだりじんごろ)作とされています。小方丈は切妻造(きりづまづくり)のこけら葺です。
★大方丈は寺伝によると御所の清涼殿(せいりょうでん)が移築されたとされています。清涼殿は平安時代中期に天皇の御殿とされ、日常の政務や四方拝(しほうはい)・叙位(じょい)・除目(じもく)などの行事が行われるようになりました。小方丈は豊臣秀吉が築城した伏見城の遺構とも、寛永年間(1624年~1645年)に建てられた伏見城の小書院とも言われています。
【法堂の見どころ解説|雲龍図「幡龍」】
法堂は南禅寺の本堂で、本尊・釈迦如来(しゃかにょらい)、右に文殊菩薩(もんじゅぼさつ)、左に普賢菩薩(ふげんぼさつ)を安置し、厳粛な雰囲気に包まれています。また天井に日本画家・今尾景年(いまおけいねん)が描いた雲龍図「幡龍(ばんりゅう)」もあります。なお法堂では法式行事や法要が行われるが、通常入堂ができず、外側から雲龍図の一部が見る場合があります。
★法堂は1893年(明治26年)に火災で焼失し、1909年(明治42年)に豊田毒湛が再建しました。1990年(平成2年)に大明国師700年大遠忌(だいおんき)の記念行事として、屋根の葺き替え工事などが行われました。
★法堂は入母屋造の本瓦葺で、一重もこし(裳階)付きです。
★雲龍図「幡龍」は明治から大正に活躍した京都画壇・四条派(しじょうは)の今尾景年が描き、今尾景年畢生(一生涯)の大作と言われているそうです。
【方丈庭園(名勝)の見どころ解説|枯山水の名園】
方丈庭園「虎の子渡しの庭」は大方丈の南にあり、築地塀に囲まれた面積約120坪の枯山水(かれさんすい)の名園です。方丈庭園は水墨画の世界が表現され、江戸時代初期を代表する枯山水式庭園と言われています。
★方丈庭園は1611年(慶長16年)頃に作庭家・茶人・建築家・作庭家で、備中松山藩2代藩主・小堀遠州(こぼりえんしゅう・小堀政一(こぼりまさかず))が作庭したと言われています。
★「虎の子渡しの庭」の名称は中国の説話「癸辛雑識(きしんざっしき)」にある母虎が子を連れて渓流を渡ることに由来しています。
【勅使門(重要文化財)の見どころ解説|御所の日ノ御門移築】
勅使門は天皇や勅使(ちょくし)の来山の際に限って開かれる格式が高い門です。現在は住持(じゅうじ・住職)の就任の際にも開かれます。勅使門は虹梁(こうりょう)などに龍・麒麟(きりん)・孔雀(くじゃく)・松・牡丹(ぼたん)・雲・波などの透かし彫りが施され、桃山時代の特徴が見られます。
★勅使門は慶長年間(1596年~1615年)に御所の日ノ御門(ひのみかど)として建てられ、1641年(寛永18年)に第109代・明正天皇(めいしょうてんのう)から賜って移築されました。
★勅使門は切妻造の檜皮葺(ひわだぶき)です。
【小方丈庭園「如心庭」・庭園「六道庭」の見どころ解説】
南禅寺には方丈庭園「虎の子渡しの庭」以外にも小方丈庭園「如心庭(にょしんてい)」・庭園「六道庭(ろくどうてい)」などがあります。
★小方丈庭園「如心庭」は白砂に「心」の字形に石を配置した枯山水庭園です。小方丈庭園は1966年(昭和41年)に南禅寺管長・柴山全慶(しばやまぜんけい)が「心を表現せよ」と指示して作庭されました。柴山全慶は花園大学・大谷大学で教授を歴任しました。
★庭園「六道庭」は六道輪廻(ろくどうりんね)の戒めを表現した庭園です。六道輪廻は天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄の6つの世界を人間が何度も生まれ変わり、彷徨い続けるという仏教の世界観を表しているそうです。六道庭は苔の中に石が配置されています。庭園は1967年(昭和42年)に作庭されました。
【本坊の見どころ解説|寺務所】
本坊(庫裏)は本来台所だが、寺務所としても使われています。本坊は天井のない吹き抜けが特徴になっています。本坊は伽藍を守る護法神とされている韋駄天(いだてん)を安置しています。本坊の滝の間では清涼の滝を眺めながら抹茶(有料)を味わこともできるそうです。なお本坊では御朱印を授与しています。(要確認)
★本坊には大玄関があり、特別な行事の際に限って使われます。
●上記以外は下記リンクから確認することができます。
南禅寺見どころ(放生池・桜・紅葉など)
【南禅寺の見どころ 備考(参考リンク・・・)】
●住所:京都府京都市左京区南禅寺福地町86
●アクセス:地下鉄東西線の「蹴上駅」下車徒歩約8分、バスの「南禅寺・永観堂道」下車徒歩約3分または「東天王町」下車徒歩約8分
*参考・・・南禅寺(見どころ・アクセス・・・)ホームページ















