南禅寺本坊(庫裏)・南禅寺見どころ(修学旅行)

南禅寺本坊(庫裏)

●南禅寺本坊(庫裏)は1918年(大正7年)に再建されたと言われています。本坊(庫裏)は本来台所で、天井のない吹き抜けになっています。本坊(庫裏)は現在、常住とも言われる衆僧生活の場として使われたり、臨済宗南禅寺派の宗務を取り扱う寺務所として使われたりしています。滝の間では清涼の滝を眺めながら抹茶(有料)を味わことができます。南禅寺本坊(庫裏)には韋駄天(いだてん)が安置されています。
一般的に庫裏(庫裡・庫院)は寺院の僧侶の居住する場所や食事を調える場所です。庫裏は禅宗寺院で、仏像を安置して礼拝する仏殿・三解脱門(さんげだつもん)である三門(山門)・仏道修行に励む僧堂・僧侶が仏教を講義する法堂(はっとう)・浴場である浴室・トイレである東司(とうす)とともに七堂伽藍に数えられました。庫裏は大規模な寺院では独立した建物として建立されるが、一般的な寺院では寺の事務を扱う寺務所と兼用となっていることが多くなっています。
韋駄天は仏教を守護する天部(てんぶ)の善神です。韋駄天は持国天(じこくてん)・広目天(こうもくてん)・多聞天(たもんてん)とともに四天王に数えられ、南方を守護する増長天(ぞうじょうてん)の八将の一神で、四天王下の三十二将中の首位を占める天部の仏神です。韋駄天は伽藍を守る護法神とされ、日本の禅宗では厨房や僧坊を守る護法神として祀られています。なお韋駄天は夜叉(やしゃ)がお釈迦様の遺骨・仏舎利(ぶっしゃり)を奪って逃げ去った際に追って取り戻したとも言われ、よく走る神・盗難除けの神として知られています。また韋駄天はお釈迦様の為に食物を駆け巡って集めたとも言われ、御馳走(ごちそう)の由来になりました。
●南禅寺本坊(庫裏)は切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。南禅寺本坊(庫裏)は縦横に組み上げられた梁組など禅宗様式の建物です。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
禅宗様は鎌倉時代に禅宗とともに北宋(中国)から日本に伝わった建築様式です。禅宗様は全体に木割(きわり)が細く、詰め組の組み物を多く配し、木鼻(きばな)・拳鼻(こぶしばな)・刳り形(くりかた)・桟唐戸(さんからど)・花頭窓(かとうまど)・扇垂木(おうぎだるき)などの装飾的な造作が特徴になっています。山口県下関市・功山寺(こうざんじ)の仏殿(国宝)が日本最古の禅宗様の建築です。なお禅宗様は唐様 (からよう) とも言われています。
南禅寺見どころ

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