二十二社(八坂神社・上賀茂神社・下鴨神社・・・)

八坂神社

二十二社

二十二社を紹介しています。二十二社は神社の社格で、京都・奈良・三重・大阪・兵庫・滋賀の神社が選ばれています。京都では祇園祭を行う八坂神社・葵祭を行う上賀茂神社と下鴨神社などが選ばれています。なお二十二社は国家の重大事や天変地異が起こった際に朝廷から特別の奉幣(ほうへい)を受けました。

【二十二社 上七社】
●伊勢神宮(いせじんぐう)は紀元前73年(垂仁天皇25年)3月に天照大御神(あまてらすおおみかみ)が内宮(ないくう) に祀られたのが起源とも言われています。天照大御神は皇孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)以来、天皇の側で祀られていたが、第10代・崇神天皇の御代に御殿をともにすることに恐れを抱いた崇神天皇が皇居外に祀ることを決意されました。

●石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)は859年(貞観元年)に南都(奈良)大安寺(だいあんじ)の僧・行教(ぎょうきょう)が豊前(大分)・宇佐八幡宮(うさはちまんぐう・宇佐神宮)の祭神・八幡大神から「吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」という神託を受け、男山の峯に神霊を奉安したのが起源と言われています。
石清水八幡宮(アクセス・見どころ・・・)情報

★上賀茂神社・下鴨神社はかつて一体の存在でした。
●上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)は社伝によると神代の昔に賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が現社殿の北北西にある秀峰・神山(こうやま)に降臨したのが起源とも言われています。その後678年(天武天皇7年)に賀茂神宮が造営されたとも言われています。
上賀茂神社(アクセス・見どころ・・・)情報
●下鴨神社(しもがもじんじゃ)・賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は社伝によると初代・神武天皇の時代(紀元前660年~紀元前582年)に比叡山西麓の御蔭山(みかげやま)に祭神・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が降臨したのが起源とも言われています。また紀元前90年(崇神天皇7年)に瑞垣(みずかき)の修造の記録があり、それ以前から祀られていたとも言われています。
下鴨神社(アクセス・見どころ・・・)情報
葵祭2021日程(行事・・・)葵祭2021(ルート・斎王代・・・)葵祭2021(ルート・日程・・・)

●松尾大社(まつのおたいしゃ)は太古の昔、松尾山の山霊を頂上に近い大杉谷の上部の磐座(いわくら)に生活の守護神として祭神・大山咋神(おおやまぐいのかみ)を祀ったのが起源とも言われています。その後5世紀頃に秦の始皇帝の子孫と称する渡来系氏族・秦氏(はたうじ)が松尾山の神を秦氏一族の総氏神として祀り、開拓に従事したとも言われています。
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●平野神社(ひらのじんじゃ)は「続日本紀」に「田村後宮の今木大神に従四位を授ける」と記され、782年(延暦元年)には平城宮の宮中(第49代・光仁天皇の御所)に祀られていました。その後794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇による平安京遷都とともに平城京の田村後宮(たむらこうきゅう)に祀られていた三神(今木神・久度神・古開神)が移されたのが起源と言われています。
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●伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)は社伝によると711年(和銅4年)2月初午の日に伊侶巨秦公(いろこのはたのきみ)が勅命を受け、伊奈利山(稲荷山)の三つの峯の平らな場所に稲荷大神を祀ったことが起源と言われています。その後827年(天長4年)に弘法大師・空海が第52代・嵯峨天皇から東寺(教王護国寺)を賜った際に東寺の鎮守社になりました。
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●春日大社(かすがたいしゃ)は社伝によると約1,300年前に常陸国・鹿島神宮の武甕槌命(たけみかづちのみこと)を御蓋山(みかさやま)の山頂・浮雲峰(うきぐものみね)に勧請したのが起源と言われています。その後768年(神護景雲2年)左大臣・藤原永手(ふじわらのながて)が第48代・称徳天皇の勅命により、現在の場所に社殿を造営して、下総国・香取神宮の経津主命(ふつぬしのおおみこと)や河内国・枚岡神社(ひらおかじんじゃ)の天児屋根命(あめのこやねのみこと)と比売神(ひめがみ)を勧請したと言われています。

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【二十二社 中七社】
●大原野神社(おおはらのじんじゃ)・京春日は784年(延暦3年)に第50代・桓武天皇が平城京から長岡京に遷都した際、桓武天皇の后・藤原乙牟漏(ふじわらのおとむろ)が藤原氏の氏神である奈良・春日大社の分霊を勧請し、桓武天皇が鷹狩を行った大原野に祀ったの起源と言われています。
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●大神神社(おおみわじんじゃ)・三輪明神・三輪神社は「古事記」・「日本書紀」によると国造りを行っていた出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に国作りに協力すると大国主神の幸魂奇魂(さきみたまくしみたま・和魂)である大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が現れ、「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と言って、三輪山に祀られたのが起源とも言われています。

●石上神宮(いそのかみじんぐう)は社伝によると紀元前23年(崇神天皇7年)に物部氏の伊香色雄命(いかがしこおのみこと)が勅命により、物部氏の祖宇摩志麻治命が宮中で祀っていた布都御魂剣を祭神・石上大神(いそのかみのおおかみ)として、石上布留(ふる)の高庭(たかにわ)に祀ったのが起源とも言われています。

●大和神社(おおやまとじんじゃ)は日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)を皇女・淳名城入姫命(ぬなきいりひめ)が市磯邑(いちしのむら・大和郷)に移して祀ったのが起源とも言われています。日本大国魂大神は天照大神(あまてらすおおみかみ)とともに宮中で同殿共床で祀られていたが、世の乱れや謀反は両神の勢いだと畏れられ、皇居外に祀られることになりました。

●広瀬大社(ひろせたいしゃ)・廣瀬大社は社伝によると紀元前89年(崇神天皇9年)に広瀬の河合の里長・広瀬臣藤時に信託があり、沼地である水足池(みずたるのいけ)が一夜にして陸地に変わって橘が数千株生え、そのことが時の天皇に伝わり、大御膳神として社殿を造営したのが起源とも言われています。

●龍田大社(たつたたいしゃ)は「龍田風神祭祝詞」によると第10代・崇神天皇に「吾が宮を朝日の日向かう処、夕日の日隠る処の龍田の立野の小野に定めまつりて・・・」という夢告があり、天御柱命(あめのみはしらのみこと)・国御柱命(くにのみはしらのみこと)を祀ったのが起源とも言われています。

●住吉大社(すみよしたいしゃ)は社伝によると211年(神功皇后摂政11年)に第14代・仲哀天皇の皇后である神功皇后 (じんぐうこうごう) が海の神・住吉大神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)の神託によって現在の住吉の地に創建したと言われています。また住吉大社は「日本書紀」によると686年(朱鳥元年)条に紀伊国国懸神・飛鳥四社・住吉大神に弊が奉られたと記されていることからそれ以前から祀られていたとも言われています。

【二十二社 下八社】
●日吉大社(ひよしたいしゃ)は約2100年前の紀元前91年(崇神天皇7年)に比叡山(日枝の山)の山頂から現在の場所に移って創祀されたとも言われています。ちなみに「古事記」には「大山咋神、亦の名を山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し」と記されているそうです。
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●梅宮大社(うめのみやたいしゃ)は奈良時代前期に第30代・敏達天皇の後裔で、橘氏の祖・橘諸兄(たちばなのもろえ)の母・県犬養三千代(あがたいぬかいみちよ・橘三千代)が橘氏一門の氏神として山城国相楽郡井出庄(京都府綴喜郡井出町)に祀ったのが起源と言われています。
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●吉田神社(よしだじんじゃ)は859年(貞観元年)に公卿・藤原山蔭(ふじわらのやまかげ)が藤原氏の氏神として、奈良・春日大社四座の神(建御賀豆智命・伊波比主命・天之子八根命・比売神)を勧請したのが起源です。その後吉田神社は平安京の守護神になったとも言われています。
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●廣田神社(ひろたじんじゃ)・広田神社は「日本書紀」によると201年(神功皇后摂政元年)に第14代・仲哀天皇の皇后で、第15代・応神天皇の母・神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓征伐(さんかんせいばつ)から凱旋した際、国難打破の道を示し、皇子の懐妊を告げ、軍船の先鋒となって導いた天照大御神(あまてらすおおみかみ)の荒魂(あらたま)を武庫の地・廣田の国に祀ったのが起源と言われています。

●八坂神社(やさかじんじゃ)は656年(斉明天皇2年)に高麗(高句麗)から来日した調進副使・伊利之使主(いりしおみ)が新羅(しらぎ)・牛頭山に座した素戔嗚尊(すさのおのみこと)=牛頭天王(ごずてんのう)を山城八坂郷に奉斎したのが起源とも、876年(貞観18年)に南都(奈良)の僧・円如(えんにょ)が堂(観慶寺)を建立して薬師千手等の像を奉安し、その後天神(祇園神)が東山の麓・祇園林に垂跡(すいじゃく)したのが起源とも言われています。また829年(天長6年)に参議・紀百継(きのももつぐ)が山城八坂郷丘一処を賜り、神の祭祀を行ったのが感神院(かんしんいん)の起源とも言われています。
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●北野天満宮(きたのてんまんぐう)は平安時代中期の947年(天暦元年)に西ノ京に住んでいた多治比文子(たじひのあやこ)・近江(滋賀)比良宮(ひらのみや)の神主である神良種(みわのよしたね)・北野朝日寺(東向観音寺(ひがしむかいかんのんじ))の僧である最珍(さいちん・最鎮)らが神殿を造営し、祭神・菅原道真(すがわらのみちざね)を祀ったのが起源です。
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●丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)は675年(天武天皇4年)の神教「人聲の聞こえざる深山吉野の丹生川上に我が宮柱を立てて敬祀らば天下のために甘雨を降らし霖雨(長雨の事)を止めむ」により、水一切を司る罔象女神(みづはのめのかみ)を御手濯川(みたらしがわ・高見川)の南岸に祀ったのが起源とも言われています。

●貴船神社(きふねじんじゃ)は社伝によると初代・神武天皇の母である玉依姫命(たまよりひめのみこと)が黄色い船に乗って淀川・鴨川・貴船川を遡り、水神を祀ったのが起源と言われています。また貴船神社は第18代・反正天皇の時代の造営されたとも言われています。貴船神社は666年(白鳳6年)に社殿造替の記録があり、それ以前から祀られていたとも言われています。
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