西本願寺伝道院・西本願寺見どころ

西本願寺伝道院

●西本願寺伝道院は2014年(平成26年)9月18日に国の重要文化財に指定されました。
●西本願寺伝道院は1911年(明治44年)に東京帝国大学教授・伊東忠太(いとうちゅうた)が設計し、竹中工務店(たけなかこうむてん)が施工して建設されました。西本願寺本願寺伝道院は1895年(明治28年)4月に西本願寺を大株主として設立された真宗信徒生命保険株式会社の社屋として建設されたが、様々な経緯を辿った経た後に浄土真宗本願寺派布教研究所になり、1958年(昭和33年)にあそか診療所として1階の諸室が改修されました。その後本願寺伝道院になって僧侶の教化育成の道場になりました。2010年(平成22年)から修復工事が行われ、2011年(平成23年)に完了しました。
伊東忠太は幕末(江戸時代末期)の1867年(慶応3年)11月21日に山形県米沢市に生まれました。1871年(明治4年)に藩学・興譲館(こうじょうかん)に入学し、その後少年時代を東京都・千葉県で過ごしました。1892年(明治25年)に帝国大学工科大学・造家学科を卒業して大学院に進み、日本の建築史を研究し、1893年に法隆寺建築論を発表しました。1897年(明治30年)に帝国大学工科大学の講師になり、1899年(明治32年)に帝国大学工科大学の助教授になり、1901年(明治34年)に工学博士になりました。1902年(明治35年)から建築学研究の為に3年間海外を留学(中国・インド・トルコ)し、1905年(明治38年)に東京帝国大学の教授になりました。伊東忠太は橿原神宮・平安神宮・豊国廟・宮崎神宮・ロンドン万国博覧会日本館・東京大学正門・弥彦神社・明治神宮・祇園閣・築地本願寺などを設計し、1943年(昭和18年)に文化勲章を受章し、1951年(昭和26年)に文化功労者になりました。なお伊東忠太は1954年(昭和29年)4月7日に亡くなりました。
●西本願寺伝道院は建築面積約627.70平方メートルの二階建(一部三階建・一部地下一階)で、煉瓦造(れんがづくり)の銅板葺(どうばんぶき)です。
煉瓦造は粘土(ねんど)・頁岩(けつがん)などを型に入れ、窯(かま)で焼き固めた煉瓦を積み上げる建築方法です。煉瓦造はメソポタミア文明(紀元前3,500年頃~紀元前3,000年頃)で用いられるようになり、日本では明治以降に洋風建築として多く用いられるようになりました。ただ煉瓦造は地震に弱く、1923年(大正12年)の関東大震災(かんとうだいしんさい)以降は小規模な建物を除いて激減しました。
銅板葺は銅を薄くした銅板で屋根を葺く方法です。銅板葺は近世に本格的に始まり、神社・霊廟などに多く用いられています。銅板葺は瓦葺に比べると自重が軽くて耐震性があり、檜皮葺・こけら葺に比べると耐久性があるとい言われています。なお765年(天平宝字9年・天平神護元年)に奈良・西大寺(さいだいじ)で銅板葺が用いられたのが最古の記録とも言われています。
西本願寺見どころ

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