西本願寺門・西本願寺見どころ(修学旅行)

西本願寺門

●西本願寺門(総門・御影堂門・阿弥陀堂門)は2014年(平成26年)9月18日に国の重要文化財に指定されました。
●西本願寺総門は江戸時代後期(19世紀前期)に建立されました。西本願寺総門は現在まで3回移されています。1回目は1898年(明治31年)の蓮如上人450回遠忌に移されました。2回目は1911年(明治44年)の親鸞聖人650回大遠忌を前に移されました。3回目は1959年(昭和34年)の堀川通の拡張計画で移されました。そして2011年(平成23年)に修復工事が行われました。なお西本願寺総門は一間の高麗門(こうらいもん)で、切妻造(きりづまづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。南北に袖塀付です。
切妻造は屋根の最頂部の棟(むね)から両側に葺き下ろし、その両端を棟と直角に切った屋根の形式です。切妻造は本を開いて伏せたような形で、平行な面を平(ひら)、棟と直角な面を妻(つま)と言います。切妻造は古くは真屋(まや)とも言われ、伊勢神宮(いせじんぐう)・出雲大社(いづもたいしゃ)などの社殿に採用されています。ちなみに四方向に傾斜する屋根面を持つ寄棟造(よせむねづくり)よりも格式が上とも言われています。なお切妻造は世界各地で見られる屋根の形式です。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
●西本願寺御影堂門は江戸時代前期の1645年(正保2年)に建立されました。西本願寺御影堂門は現在まで3回修理されています。1回目は幕末(江戸時代末期)の1859年(安政6年)に大阪の講社が親鸞聖人600回大遠忌を前に修理しました。2回目は1960年(昭和35年)に親鸞聖人700回大遠忌を前に修理されました。3回目は2006年(平成18年)から親鸞聖人750回大遠忌を前に修理されました。築地塀とともに石工事・屋根工事・金物工事などが行われ、屋根工事では瓦が葺き替えられ、旧瓦は南面にまとめられました。なお西本願寺御影堂門は四脚門で、入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
●西本願寺阿弥陀堂門は江戸時代後期の1802年(享和2年)に建立されました。1983年(昭和58年)に檜皮の一部が葺き替えられ、飾金具の修正・金箔押などの補修が行われました。2009年(平成21年)に修復工事が行われました。なお西本願寺阿弥陀堂門は四脚門で、切妻造の檜皮葺(ひわだぶき)です。前後に軒唐破風(のきからはふ)付です。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
唐破風は弓形のように中央部を丸みをつけ、両端が反りかえった曲線状に造形した破風です。軒唐破風は屋根本体の軒先を丸みを帯びた造形した破風です。向唐破風は屋根本体とは別に出窓のように造形した破風です。なお破風は切妻造(きりづまづくり)・入母屋造(いりもやづくり)の屋根の妻の三角形の部分です。
西本願寺見どころ

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