濡髪大明神大祭(日程・時間・・・)
濡髪大明神大祭
濡髪大明神大祭(日程・時間・・・)を紹介しています。大祭は例年11月25日に行われます。大祭では仏事の後に信者などの願いが込められた護摩木を鳥居前に設けられた護摩壇で焚き上げ、祈願成就を願います。なお濡髪大明神は知恩院境内の少し奥まった場所にあります。(詳細下記参照)
【濡髪大明神大祭2015 日程時間(要確認)】
濡髪大明神大祭2015は2015年11月25日(水曜日)14:00から行われます。
【濡髪大明神大祭・知恩院 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市東山区林下町400 知恩院内
最寄り駅・バス停・・・知恩院前(徒歩約15分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは206系統(D2乗り場)
*四条河原町からは12系統、46系統、201系統、203号系統
*四条烏丸からは46系統、201系統、203号系統
*河原町丸太町からは202系統
路線・時刻表・運賃チェック
【濡髪大明神大祭 歴史・簡単概要】
濡髪大明神大祭(ぬれがみだいみょうじんたいさい)・護摩焚きの大祭では信者などのご多幸を祈念します。また濡髪大明神大祭では仏事の後に信者などの願いが込められた護摩木を僧侶・信者・観光客などが鳥居前に設けられた護摩壇に投げ入れて焚き上げ、祈願成就を願います。なお仏事では般若心経が唱えられます。
知恩院見どころ(御影堂・三門など)
【濡髪大明神 歴史・簡単概要】
濡髪大明神(ぬれがみだいみょうじん)は1633年(寛永10年)江戸幕府3代将軍・德川家光が焼失した知恩院(ちおんいん)を再建した際に造営されたと言われています。濡髪大明神の祭神・白狐は知恩院を火災から守る濡髪大明神(濡髪童子)で、知恩院の守護神とも言われています。知恩院は浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)が東山・吉水(よしみず)、現在の知恩院勢至堂付近に営んでいた草庵が起源です。なお濡髪大明神は祇園の芸舞妓の間で縁結びのご利益があると言われています。
【知恩院 歴史・簡単概要】
知恩院(ちおんいん)は平安時代後期の1175年(承安5年)に浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)が東山・吉水(よしみず)に草庵を結び、専修念仏(せんじゅねんぶつ)を布教したのが起源です。知恩院は当初吉水御坊・大谷禅坊などと称されていました。その後鎌倉時代の1227年(嘉禄3年)に比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)の衆徒によって破壊されたが、1234年(文暦元年)に法然上人の弟子・勢観房源智(せいかんぼうげんち)が再興し、第87代・四条天皇から寺号「華頂山知恩教院大谷寺(かちょうざんちおんきょういんおおたにでら)」を賜りました。しかしその後の火災や応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火などによって焼失しました。江戸時代初期の1608年(慶長13年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)が伽藍を建立し、2代将軍・徳川秀忠(とくがわひでただ)と3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)が引き継ぎました。なお法然上人は唐の高僧・善導(ぜんどう)の著作「観経疏(かんぎょうしょ・観無量寿経疏(かんむりょうじゅきょうしょ))」を読み、六字名号「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と一心に声高くた称えることにより、人々が極楽往生できるという専修念仏の思想に開眼しました。
知恩院は浄土宗の総本山です。
*参考・・・京都・知恩院(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ
【濡髪大明神大祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
濡髪大明神大祭2015ではボランティアの方がたくさん奉仕されていました。
濡髪大明神(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報
京都・知恩院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報