熊野若王子神社桜花祭2026年4月5日(道中安全祈願)

熊野若王子神社桜花祭(日程・アクセス・概要)
熊野若王子神社桜花祭(日程時間など)を紹介しています。桜花祭は例年4月の第1日曜日に行われます。桜花祭では哲学の道を散策される観光客などの道中安全を祈願します。なお若王子神社の境内裏山には桜花苑があり、陽光桜など約100本の桜があります。陽光桜は例年3月下旬から4月上旬に見ごろを迎えるそうです。(詳細下記参照)
【熊野若王子神社桜花祭2026 日程時間(要確認)】
熊野若王子神社桜花祭2026は2026年(令和8年)4月5日(日曜日)に行われます。過去のタイムテーブルは10:00から行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・熊野若王子神社ホームページ
*京都には多くの桜名所があり、その桜見ごろを下記リンクから確認できます。
京都桜見ごろ2026(清水寺・哲学の道・原谷苑・・・)
【熊野若王子神社桜花祭 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市左京区若王子町2
最寄り駅・バス停・・・南禅寺・永観堂道(徒歩約5分)、東天王町(徒歩約5分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から熊野若王子神社は5系統(A1乗り場)南、100系統(D1乗り場)東
*四条河原町からは5系統
*四条烏丸からは5系統
路線・時刻表・運賃チェック
*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は蹴上駅(徒歩約18分)
【熊野若王子神社桜花祭 歴史・簡単概要】
熊野若王子神社桜花祭(おうかさい)は紀州・熊野詣(くまのもうで)の道中安全を祈願したことに由来するとも言われるている行事です。熊野若王子神社では室町時代には室町幕府初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)や室町幕府8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)が花見の宴を催したとも言われています。ちなみに足利義政は哲学の道の北端付近になる銀閣寺となる東山山荘(東山殿)を造営しました。
桜花祭では哲学の道を散策される観光客などの道中安全を祈願します。なお若王子神社の境内裏山には桜花苑があり、陽光桜など約100本の桜があります。陽光桜は例年3月下旬から4月上旬に見ごろを迎えるそうです。
若王子神社桜見ごろ
熊野詣は平安時代から盛んに行われるようになり、京都では熊野の神を勧請し、若王子神社(熊野若王子神社)・熊野神社・新熊野神社が造営され、京都三熊野(みくまの)と言われています。ちなみに第77代・後白河天皇(1127年~1192年)は34回も熊野詣を行ったと言われています。
哲学の道は琵琶湖疏水分線(びわこそすいぶんせん)沿いの北側・銀閣寺道交差点付近の浄土寺橋(じょうどばし)から南側・若王子神社付近の若王子橋(にゃくおうじばし)までの約1.8キロの小道です。
哲学の道桜見ごろ
【熊野若王子神社 歴史・簡単概要】
熊野若王子神社は社伝によると1160年(永暦元年)に34回も熊野詣を行った後白河上皇(第77代・後白河天皇)が永観堂(禅林寺)の守護神として紀州・熊野権現を勧請したのが起源と言われています。熊野若王子神社の社名は天照大神の別称である若一王子に由来しているそうです。平安時代後期以降に熊野詣を行う際に修験者は先ず熊野若王子神社で身を浄めてから出発したと言われています。鎌倉時代から室町時代に武家から信仰され、寄進を受けたと言われています。南北朝時代に室町幕府初代将軍・足利尊氏、1465年(寛正6年)に室町幕府8代将軍・足利義政がこの地で花見の宴を開いたと言われています。1467年(応仁元年)に応仁の乱が起こり、兵火によって荒廃したと言われています。桃山時代に関白・豊臣秀吉が再興したと言われています。1978年(昭和53年)に本宮・新宮・那智・若宮の4社が一社相殿の本殿に改築されました。
*参考・・・熊野若王子神社
【熊野若王子神社桜花祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
熊野若王子神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報














