平成女鉾・平成女鉾清音会と祇園祭

平成女鉾・平成女鉾清音会と祇園祭

平成女鉾は山鉾巡行への参加を目指す女性だけの山鉾です。平成女鉾は1996年(平成8年)に完成し、重量が約10トン・高さが約20メートル・幅が約4.5メートルで、櫛稲田姫命を祭神として祀っています。1994年(平成6年)に平成女鉾をつくる会が発足し、2002年(平成14年)に平成女鉾の会が解散し、囃子方が平成女鉾清音会に改称されました。

【祇園祭2027 日程】
祇園祭2027は2027年(令和9年)7月1日(木曜日)の吉符入から2027年(令和9年)7月31日(土曜日)の疫神社の夏越祭までの7月1ヶ月に渡って行われます。
祇園祭2027日程一覧(宵山屋台・山鉾巡行・・・)

【祇園祭 歴史・簡単概要】
祇園祭(ぎおんまつり)は平安時代前期の869年(貞観11年)に全国に疫病が流行し、牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の祟りであるとし、卜部日良麿(うらべのひらまろ)が神泉苑(しんせんえん)に国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れを祓い、薬師如来(やくしにょらい)の化身とされる牛頭天王を祀り、更に牛頭天王を主祭神とする八坂神社から3基の神輿を送り、病魔退散(びょうまたいさん)を祈願した祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が起源と言われています。970年(天禄元年)から毎年に行われるようになりました。
祇園祭歴史年表・由来(869年~)

【平成女鉾・平成女鉾清音会】
平成女鉾は山鉾巡行への参加を目指す女性だけの山鉾です。平成女鉾は1996年(平成8年)に完成し、建立費が約5千万円、鉾の重量が約10トン・高さが約20メートル・幅が約4.5メートルで、櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)を祭神として祀っています。平成女鉾は名称は鉾だが、真木の上に鉾頭を飾らず、北山杉を立てています。真松を立てる岩戸山(いわとやま)・北観音山(きたかんのんやま)・南観音山(みなみかんのんやま)と同じ、曳山に分類されるようです。ちなみに櫛稲田姫命は八坂神社の本殿の東御座(ひがしござ)に祀られ、祇園祭の際に東御座神輿に櫛稲田姫命の神霊がのせられ、本殿と御旅所(おたびしょ)の間を渡御します。
平成女鉾は1994年(平成6年)に平安建都千二百年事業を契機に「平成女鉾をつくる会」が発足したのが起源です。老若男女を問わずに誰もが参加できる鉾を造り、新しい歴史を開こうという構想が持ち上がり、有識者の協力や財界の有志によって、「平成女鉾をつくる会」が発足し、京都商工会議所の婦人会会長が会長に就任しました。1996年(平成8年)4月に平成女鉾が完成しました。1996年(平成8年)7月に囃子方が募集され、同年8月下旬から函谷鉾(かんこぼこ)の囃子方の指導のもとで練習を開始し、同年10月に八坂神社で祇園囃子が奉納されました。1997年(平成9年)から2002年(平成14年)に祇園祭の花傘巡行(はなさかじゅんこう)に参加し、1998年(平成10年)から毎年八坂神社で祇園囃子を奉納するようになりました。2002年(平成14年)に平成女鉾の会が解散し、囃子方が平成女鉾清音会に改称され、2003年(平成15年)から毎年平成女鉾清音会が祇園祭期間中に祇園囃子を奉納するようになりました。2007年(平成19年)に平成女鉾清音会10周年記念事業として、新風館で鉾建てが行われました。2016年(平成28年)に20周年記念事業とロームシアター京都オープニング記念事業として、ロームシアター京都で鉾建てが行われました。ちなみに懸装品(けそうひん)は自前ではなく、借り物を使用しているそうです。なお平成女鉾清音会は八坂神社や祇園祭だけでなく、祇園祭の起源とされる祇園御霊会が行われた神泉苑(しんせんえん)や観芸祭などのイベントで祇園囃子を演奏しています。なお祇園祭では戦後すぐに函谷鉾で女性が鉾に搭乗したり、女性の囃子方を参加していたそうです。また2001年(平成13年)に南観音山では女性の囃子方も山鉾巡行(後祭)に参加したそうです。

●櫛稲田姫命は大山津見神(おおやまつみのかみ)の子で、出雲(島根)簸の川に住む足名椎命(あしなづちのみこと・脚摩乳)と手名椎命(てなづちのみこと・手摩乳)の8人の娘の一人で、末娘です。日本最古の歴史書「古事記(こじき)」に櫛名田比売、日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)」に奇稲田姫・稲田媛・眞髪觸奇稲田媛(まかみふるくしいなだひめ)、「出雲国風土記(いずもふうどき)」に久志伊奈太美等与麻奴良比売命(くしいなだみとよまぬらひめ)と表記されています。素戔嗚尊(すさのうのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した際、7人の姉と同様に八岐大蛇の生け贄になるところを助けられ、素戔嗚尊と結婚して妻になりました。ちなみに櫛稲田姫命は素戔嗚尊の神通力によって小さな櫛に変えられ、櫛を頭に挿した素戔嗚尊は十束剣によって八岐大蛇を退治しました。素戔嗚尊は櫛稲田姫命と暮らす為に須賀宮を建て、その際に「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を」と詠みました。その後櫛稲田姫命は大国主神(大己貴命)を産みました。大己貴命は「古事記」では素戔嗚尊と櫛稲田姫命の六世の子孫とされています。なお櫛稲田姫命は八坂神社(京都市東山区)・広峯神社(兵庫県姫路市)・須佐神社(島根県出雲市)・八重垣神社(島根県松江市)などに祀られています。
●函谷鉾は起源が明確ではなく、室町時代中期の応仁の乱前の山鉾と地名を記した「祗園社記」第15に「かんこくほく(四条烏丸と室町間)」と記され、応仁の乱前には既に創建されていたと言われています。その後1788年(天明8年)に天明の大火で焼失したが、1839年(天保10年)に再興されました。函谷鉾は中国の戦国時代(紀元前403~221年)に斉の孟嘗君が鶏の声により、函谷関を無事に脱出できたという史記「鶏鳴狗盗」に由来しています。
*参考・・・平成女鉾清音会ホームページ

【平成女鉾・平成女鉾清音会と祇園祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
祇園祭2027日程(ちまき販売・宵山屋台・・・)

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