大原彼岸花見ごろ2024(9月中旬~9月下旬頃)

大原彼岸花見ごろ(見頃)

大原彼岸花見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。大原では懐かしい田園風景が広がり、田んぼの畦や川べりなどに彼岸花が分布し、赤い花を咲かせます。大原バス停(大原バスターミナル)西側・寂光院へ向かう道周辺・桜井の径(さくらいのみち)近くの高野川沿いなどに彼岸花が多く分布しています。(詳細下記参照)

【大原彼岸花見ごろ(例年時期)】
大原の彼岸花の見ごろ例年9月中旬頃から9月下旬頃です。ただ彼岸花見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都彼岸花名所・見ごろ

【大原彼岸花見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市左京区
最寄り駅・バス停・・・大原(徒歩すぐ)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から大原は17系統(C3乗り場)、18系統(C3乗り場)
*四条河原町・三条京阪からは17系統
*四条烏丸からは17系統
京都バス・アクセスダイヤ

スポンサーリンク(Sponsor Link)

【大原彼岸花見ごろ(例年時期)・見どころ 簡単概要】
大原は京都を代表する彼岸花(ヒガンバナ)の名所です。大原の彼岸花見ごろは例年9月中旬頃から9月下旬頃です。
大原では懐かしい田園風景が広がり、田んぼの畦や川べりなどに彼岸花が分布し、赤い花を咲かせます。大原バス停(大原バスターミナル)西側・寂光院へ向かう道周辺・桜井の径(さくらいのみち)近くの高野川沿いなどに彼岸花が多く分布しています。大原にはコスモスも分布し、早咲きのコスモスと彼岸花が一緒に楽しめる場合があります。
彼岸花はヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草です。彼岸花は曼珠沙華(マンジュシャゲ・マンジュシャカ)・死人花(しびとばな)・葬式花(そうしきばな)・墓花(はかばな)・地獄花(じごくばな)・蛇花(へびのはな)・狐花(きつねばな)・捨て子花(すてごばな)・火事花(かじばな)・灯籠花(とうろうばな)・石蒜(せきさん)・天蓋花(てんがいばな)・天涯花・幽霊花(ゆうれいばな)・剃刀花(かみそりばな)などとも言われています。彼岸花には不吉な別名が多くあります。彼岸花は中国大陸原産で、古くに日本に伝わり、北海道から南西諸島までの日本各地の土手・堤防・畦・墓地などの人家近くに分布しています。彼岸花は秋の彼岸頃に高さ30~50センチの花茎(かけい)を鱗茎(りんけい)から伸ばし、茎頂(けいちょう)に長い雄しべ・雌しべをもつ赤い6弁花を数個輪状に咲かせます。花色には深紅色・紫色・白色などもあります。彼岸花は花が咲いた後に鱗茎から線形の厚い葉を叢生(そうせい)し、花と葉は同時に見ることができません。なお彼岸花はリコリンを含む有毒植物だが、鱗茎が外用薬に使われています。
寂光院は寺伝によると594年(推古天皇2年)に聖徳太子が父・用明天皇の菩提を弔う為に創建したのが起源とも言われています。1165年(永万元年)に崇徳天皇の寵愛を受けた女官で、建礼門院徳子に仕えた阿波内侍が入寺し、1185年(文治元年)に平清盛の娘で、高倉天皇の中宮、そして安徳天皇の生母である建礼門院徳子が入寺し、平家一門と安徳天皇の菩提を弔いました。
高野川は標高約382メートルの途中越(とちゅうごえ)南部を源とし、三千院の裏山を源とする呂川や寂光院の裏山を源とする草生川などと合流し、鴨川に合流する淀川水系の一級河川です。

【大原 歴史・簡単概要】
大原(おおはら)は京都府京都市左京区の北東部の地名です。大原はかつて「小原」と表記されたり、「おはら」とも言われたりしました。大原は標高約848メートルの比叡山(ひえいざん)の北西麓で、淀川(よどがわ)水系の一級河川・高野川(たかのがわ)の上流部に位置しています。大原盆地は四方を山に囲まれ、高野川に沿って京都市内と若狭湾(わかさわん)の福井小浜を結ぶ若狭街道が通り、大原はその中継地点として栄えました。若狭街道では福井小浜などからサバを中心とした魚介類を京都に運んだことから鯖街道(さばかいどう)とも言われています。大原は天台宗(てんだいしゅう)の開祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょう)が創建した天台宗の総本山・延暦寺(えんりゃくじ)が創建されている比叡山西麓にあることから三千院(さんぜんいん)・勝林院(しょうりんいん)・来迎院(らいごういん)・寂光院(じゃっこういん)などの天台宗の寺院が創建されたり、移されてきました。また大原は京都市内から約15キロほど離れているこから第55代・文徳天皇(もんとくてんのう)の第1皇子である惟喬親王(これたかしんのう)・平清盛(たいらのきよもり)の娘である建礼門院徳子(けんれいもんいんとくこ)などの隠遁・出家の場所にもなりました。ちなみに大原女(小原女)は建礼門院徳子の侍女・阿波内侍(あわのないし)らが起源とも言われています。なお明治維新前には大原郷に戸寺・上野・大長瀬・来迎院・勝林院・草生・野村・井出の8村があったが、1882年(明治15年)に8村が統合されて大原村になり、1949年(昭和24年)には愛宕郡から左京区に編入されました。
*参考・・・大原

【大原彼岸花見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
大原(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 錦市場(Nishiki Market)
  2. 竹林の道(Bamboo Forest Path)
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る