蓮華寺桜見ごろ2021(4月中旬頃)御室

蓮華寺桜見ごろ

蓮華寺桜見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。蓮華寺には染井吉野・枝垂桜・手弱女・御衣黄などが植えられ、桜と山門・石造五智如来像(5体)・鐘楼などの光景が美しいと言われています。ちなみに手弱女は中輪の八重咲きで淡紅色です。手弱女にはたおやかな女性、なよなよと優美な女性などの意味があります。(詳細下記参照)

【蓮華寺桜見ごろ・2021年予想】
蓮華寺の桜見ごろは例年4月中旬頃です。ただ桜の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2021年の桜見ごろは2021年1月下旬頃から情報発信します。
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【蓮華寺桜見ごろ アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市右京区御室大内20
最寄り駅・バス停・・・御室仁和寺(徒歩約3分)

市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から蓮華寺は26系統(D3乗り場)
*四条河原町からは59系統
*四条烏丸からは26系統
*河原町丸太町からは10系統、59系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【蓮華寺桜見ごろ・桜見どころ】
蓮華寺はあまり知られていない桜の名所です。蓮華寺の桜見ごろは例年4月中旬頃です。蓮華寺には染井吉野(ソメイヨシノ)・枝垂桜(シダレザクラ)・手弱女(タオヤメ)・御衣黄(ギョイコウ)などが植えられ、桜と山門・石造五智如来像(5体)・鐘楼などの光景が美しいと言われています。ちなみに手弱女は中輪の八重咲きで淡紅色です。手弱女にはたおやかな女性、なよなよと優美な女性などの意味があります。
石造五智如来像は江戸時代前期の1641年(寛永18年)に常信(樋口平太夫家次翁)が蓮華寺をする際、木喰僧(もくじきそう)・坦称上人に造らせました。坦称上人は信州・浅間・紀州那智三山で各百日の荒行を遂げて、石仏を完成させました。五智如来(大日如来・阿弥陀如来・釈迦如来・薬師如来・宝生如来)は大日如来を中心に宇宙そのものを象徴したもので、太陽のごとく万物を慈しみ、知恵と五穀豊穣の功徳を表しています。なお石造五智如来像は鳴滝音戸山(なるたきおんどやま)に建立されていたが、1958年(昭和33年)に現在の蓮華寺境内に移されました。
御衣黄(ギョイコウ)はサクラの栽培品種です。御衣黄は江戸時代に仁和寺(にんなじ)で栽培されたのが始まりとも言われています。御衣黄は中輪の八重咲きで緑黄色です。なお御衣黄は染井吉野よりも花期が遅くなります。
桜(染井吉野)は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。また地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開になるとも言われています。

【蓮華寺 歴史・簡単概要】
蓮華寺(れんげじ)・五智山蓮華寺(ごちさんれんげじ)は平安時代後期の1057年(天喜5年)に藤原康基(ふじわらのやすもと)が第70代・後冷泉天皇の御願によって創建しました。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火により、鳴滝音戸山(なるたきおんどやま)の山上に移りました。百数十年の間、荒廃が続いたとも言われています。江戸時代前期の1641年(寛永18年)に常信(樋口平太夫家次翁)が伽藍・堂宇を再興し、五智如来石像(大日如来・阿弥陀如来・釈迦如来・薬師如来・宝生如来)を木喰僧(もくじきそう)・坦称上人に造らせ、第108代・後水尾天皇の兄で、仁和寺(にんなじ)第21世門跡・覚深法親王(かくしんにゅうどうしんのう・覚深入道親王(かくしん/かくじんにゅうどうしんのう))から号「五智山蓮華寺」を賜りました。常信は江戸の豪商だったが、1635年(寛永12年)に五智不動尊の霊夢に導かれて発心入道し、その後秩父三十四カ所・西国三十三カ所・坂東三十三カ所を木の実や草の根を食べながら裸足で6年間修行しました。1928年(昭和3年)に住職・慈海大僧正が現在の場所に移しました。
蓮華寺は真言宗御室派別格本山の寺院です。
*参考・・・蓮華寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ蓮華寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【蓮華寺桜見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
蓮華寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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