六角堂(頂法寺(ちょうほうじ))・くじ取り式と祇園祭

六角堂(頂法寺)・くじ取り式と祇園祭
祇園祭は室町時代中期に応仁の乱によって33年間も中絶し、1500年(明応9年)に再興されました。1500年(明応9年)の再興の際に山鉾の先陣争いを防止する為にくじ取りが行われました。くじ取り式は先ず1500年(明応9年)の再興に尽力した侍所の開闔・松田豊前守頼亮の自宅で行われ、その後六角堂(頂法寺)で行われるようになりました。
【祇園祭2026 日程】
祇園祭2026は2026年(令和8年)7月1日(水曜日)の吉符入から2026年(令和8年)7月31日(金曜日)の疫神社の夏越祭までの7月1ヶ月に渡って行われます。
祇園祭2026日程一覧(宵山屋台・山鉾巡行・・・)
【祇園祭 歴史・簡単概要】
祇園祭(ぎおんまつり)は平安時代前期の869年(貞観11年)に全国に疫病が流行し、牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の祟りであるとし、卜部日良麿(うらべのひらまろ)が神泉苑(しんせんえん)に国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れを祓い、薬師如来(やくしにょらい)の化身とされる牛頭天王を祀り、更に牛頭天王を主祭神とする八坂神社から3基の神輿を送り、病魔退散(びょうまたいさん)を祈願した祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が起源と言われています。970年(天禄元年)から毎年に行われるようになりました。
祇園祭歴史年表・由来(869年~)
【六角堂(ろっかくどう・頂法寺(ちょうほうじ))・くじ取り式】
祇園祭は室町時代(1336年~1573年)中期に約10年間に渡って戦われた応仁の乱(おうにんのらん)によって33年間も中絶し、1500年(明応9年)に再興されました。1500年(明応9年)の再興の際に山鉾の先陣争いを防止する為にくじ取りが行われました。くじ取り式は先ず1500年(明応9年)の再興に尽力した侍所(さむらいどころ)の開闔・松田豊前守頼亮(まつだぶぜんのかみよりすけ)の自宅で行われ、その後六角堂(頂法寺)で行われるようになりました。明治時代(1868年~1912年)以降に京都府庁で行われるようになり、1953年(昭和28年)から京都市役所市の会議場で行われています。
侍所の開闔・松田豊前守頼亮がまとめた「祇園会山鉾事」に「今度御再興巳後、山鉾次第町人等諍論之間、鬮取次第也、前々日町人等来愚邸鬮取之、雑色等来入申付之、 頼亮」と記され、1500年(明応9年)の祇園祭再興の際、くじ取り式が松田豊前守頼亮の自宅で行われたことが分かります。前祭の山鉾巡行の前々日に松田豊前守頼亮の自宅に警察機能などを管掌する侍所の下級役人である雑色(ぞうしき)らが集まってくじ取り式が行われました。松田豊前守頼亮は古老から聞き取りを行い、応仁の乱前に山鉾が60基(前祭32基・後祭28基)あったことも分かりました。
その後くじ取り式は六角堂(頂法寺)で行われるようになりました。ただ六角堂でくじ取り式が行われるようになった時期や理由は明確ではないようです。六角堂では戦国時代(1493年~1590年)頃からくじ取り式が行われているとも言われています。また六角堂は京都の中心地で、下京の町堂として下京の人々の精神的な拠り所だった為とも言われています。六角堂は上京の革堂(こうどう・行願寺(ぎょうがんじ))とともに町組代表者の集会所の役割を果たしていました。「明応9年の祇園祭再興」に関する記録には「明応九年(1500年)庚申六月、依国乱久絶之祇園会(祇園祭)山鉾、今度後土御門院勅命並幕府沙汰、町衆蜂起シテ再興ス。初め松田対馬守頼亮等之私宅ニテ鬮ヲ取リ、順序ヲ定ム。後ニ至リテ、下京六角堂ハ町衆執務之街堂ナルヲ以テ、彼ノ堂内ニ集イテ毎歳鬮取式ヲ執行スルヲ定規ト為ス。」と記され、くじ取り式が松田豊前守頼亮の自宅で始まり、その後六角堂で毎年行われるようになったことが分かります。応仁の乱で長く中絶していた祇園祭は第103代・後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の勅命・室町幕府の沙汰(指示)、そして町衆の蜂起によって再興されました。くじ取り式は江戸時代(1603年頃~1868年頃)中期の1710年(宝永7年)刊の「祇園御霊会細記」にその様子が絵図として描かれたり、六角堂の住職を代々務める華道家元池坊に伝えられいる1832年(天保3年)刊の「日本年中行事大全」にその様子が記されたりしています。
六角堂に隣接する池坊会館3階のいけばな資料館では祇園祭の期間に屏風祭を行うことがあります。屏風祭ではかつて「立花図屏風」・「唐子遊戯図屏風(渡辺公観筆)」・「美人図屏風(和気春光筆)」・「祇園牛頭天王(後陽成天皇筆)」掛軸などが展示されました。また祇園祭の期間中に厄除けのご利益があり、山鉾町などに飾られる檜扇(ヒオウギ)の生け花を飾られます。
●六角堂(頂法寺)は寺伝によると飛鳥時代(592年~710年)の587年(用明天皇2年)に第31代・用明天皇の皇子・聖徳太子が創建したとも言われています。ただ発掘調査では飛鳥時代の遺構は見つからず、10世紀後半(平安時代中期)頃に創建されたとも言われています。その後室町時代(1336年~1573年)中期の1461年(寛正2年)に室町幕府8代将軍・足利義政が時宗の僧・願阿弥(成就院願阿)に命じ、救済小屋を建て貧窮者に対する粥施行を行なわせたました。その後度々災害に見舞われたが、その都度再建されました。六角堂には聖徳太子が沐浴したと言われる池跡があり、その辺に小野妹子を始祖とする僧侶の住坊があったことから「池坊」と言われるようになりました。また「池坊」の僧が本尊・如意輪観音に花を供えたことから華道「池坊」の発祥の地とも言われています。なお六角堂には鎮守として唐崎社(唐崎明神)が祀られ、祇園社(八坂神社)と天満宮(北野天満宮)の祭神が合祀されています。
【六角堂(頂法寺)・くじ取り式と祇園祭 備考】
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