六波羅蜜寺本堂・六波羅蜜寺見どころ(修学旅行・観光)

六波羅蜜寺本堂

●六波羅蜜寺本堂は1986年(昭和61年)5月24日に国の重要文化財に指定されました。
●六波羅蜜寺本堂は南北朝時代の1363年(正平18年・貞治2年)に建立されました。安土桃山時代に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が現在の向拝(こうはい)を附設しました。明治時代以降に荒廃し、1969年(昭和44年)の開創1,000年を記念して解体修理が行われ、丹色(にいろ)も鮮やかに建立当時を偲ばせる姿に蘇りました。解体修理の際に創建当時のものと思われる梵字(ぼんじ)・三鈷(さんこ)・独鈷(どっこ)模様の瓦や「今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)・平安時代末期成立」・「山槐記(さんかいき)・平安時代末期から鎌倉時代初期」などに記載されている泥塔8,000基が出土しました。本堂は外陣が板敷き、蔀戸(しとみど)で仕切られた内陣を一段低い四半敷き土間とする天台式建築です。本堂は中央の厨子(ずし)に木造十一面観音(じゅういちめんかんのん)立像(国宝)を安置しています。
木造十一面観音立像は10世紀(平安時代中期)頃に造仏されたとも言われています。十一面観音立像は平安時代中期の951年(天暦5年)に市聖(いちのひじり)とも言われた空也(くうや)が創建した六波羅蜜寺の前身である西光寺の本尊だったと言われています。空也は十一面観音立像を車に乗せ、疫病が蔓延する京都市中を念仏を唱えながら曳き、病人にお茶を振る舞ったと言われています。木造十一面観音立像は像高約258センチの巨像だが、頭部・体部の根幹部を一材から彫り出す一木造になっています。十一面観音立像は温和な表情で、左手を屈臂(くっぴ)して掌(てのひら)を前に向け、右手は垂下(すいか)して掌を前に向け、両手とも第1指・第3指を相捻(そうねん)じ、第2指・第5指を伸ばし、第4指を軽く屈しています。十一面観音立像は12年に一度辰年(たつどし)にのみ開帳される秘仏になっています。
十一面観音は六観音の一尊です。六観音は千手観音・聖観音・馬頭観音・如意輪観音・准胝観音または不空羂索観音です。観音菩薩は人々の救いを求める声を聞き、その苦悩から救済すると言われています。なお十一面観音像は通例として、頭上の正面側に柔和相(3面)、左側(向かって右)に憤怒相(3面)、右側(向かって左)に白牙上出相(3面)、背面に大笑相(1面)、頭頂に仏相を現します。
●六波羅蜜寺本堂は桁行七間・梁間六間で、寄棟造(よせむねづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。本堂は向拝三間です。
寄棟造は四方向に傾斜する屋根面を持つ屋根の形式です。寄棟造は大棟(おおむね)の両端から四方に隅棟(すみむね)が降り、2つの台形と2つの二等辺三角形で構成されます。いずれも奈良県の東大寺の大仏殿や正倉院(しょうそういん)・唐招提寺(とうしょうだいじ)の金堂が代表例です。
本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。
六波羅蜜寺

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