龍安寺梅見ごろ2023(2月中旬~3月中旬頃)

龍安寺梅見ごろ(見頃)

龍安寺梅見ごろ(時期・イベント等)を紹介しています。龍安寺では庫裏に向かう階段前に1本の木に紅梅と白梅が同時に咲く源平咲き分け梅が植えられています。また境内各所に約80本の梅の木が植えられています。源平咲き分け梅は平安時代末期の源平合戦の際、源氏が白い旗、平氏が赤い旗を用いことに由来しています。(詳細下記参照)

【龍安寺梅見ごろ(例年)・2023年開花予測】
龍安寺の梅見ごろは例年2月中旬頃~3月中旬頃です。なお梅の開花状況や見ごろ(満開)はその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都梅見ごろ2023

【龍安寺梅見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市右京区龍安寺御陵下町13
最寄りバス停・・・竜安寺前(徒歩すぐ)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から龍安寺は50系統(B2乗り場)の場合、立命館大学前(徒歩約7分)
*四条河原町から59系統
*河原町丸太町からは59系統
路線・時刻表・運賃チェック

*嵐電(京福電鉄)北野線の場合、最寄り駅は龍安寺駅(徒歩約7分)

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【龍安寺梅見ごろ(例年)・見どころ解説】
龍安寺は梅の名所です。龍安寺の梅見ごろは例年2月中旬頃~3月中旬頃です。
龍安寺では庫裏に向かう階段前に1本の木に紅梅と白梅が同時に咲く源平咲き分け梅が植えられています。また境内各所に約80本の梅の木が植えられています。源平咲き分け梅は平安時代末期の源平合戦の際、源氏が白い旗、平氏が赤い旗を用いことに由来しています。ちなみに源平咲きは梅だけでなく、桃・ツバキ・ツツジなどにも見られるそうです。
源平咲き分け梅は白梅に赤い花が咲くのではなく、紅梅に白い花が咲くことで起こります。紅梅ではアントシアンという赤い色素によって赤い花が咲くが、アントシアンの生成には多くの酵素を必要とする様々な過程を経なければなりません。酵素が一つでも働かなくなるとアントシアンの生成がうまくいかず、紅梅は赤い花にはならずに白い花のままとなり、源平咲き分け梅になります。なお源平咲き分け梅は接ぎ木によって作られることもあるそうです。
庫裏は江戸時代後期の1797年(寛政9年)に火災で焼失したが、焼失直後に再建されました。庫裏は本来台所で、天井まで吹き抜けになっており、玄関としても使われています。
梅は中国原産のバラ科サクラ属の落葉高木です。梅は630年(舒明2年)から838年(承和5年)に派遣された遣唐使(けんとうし)が唐(中国)から日本に伝えたと言われています。梅には500種以上の品種があるが、野梅系(やばいけい)・紅梅系(緋梅系)・豊後系(ぶんごけい)に大きく分類されるそうです。
龍安寺見どころ

●京都で人気の梅名所・見ごろを紹介しています。由緒なども確認できます。(下記リンク参照)
京都梅名所・見ごろ

【龍安寺 歴史・簡単概要】
龍安寺(りょうあんじ)・竜安寺は平安時代中期の984年(永観元年)に創建され、四円寺(円教寺・円乗寺・円宗寺)に数えられた第64代・円融天皇の御願寺・円融寺(えんゆうじ)があった場所です。またその後左大臣・藤原実能(ふじわらのさねよし)が山荘を営み、徳大寺(とくだいじ)を創建した場所です。龍安寺は1450年(宝徳2年)に室町幕府管領・細川勝元(ほそかわかつもと)が権大納言・徳大寺公有(とくだいじきんあり)から山荘を譲り受け、妙心寺(みょうしんじ)5世・義天玄詔(ぎてんげんしょう)を開山、義天玄詔の師である妙心寺4世・日峰宗舜(にっぽうそうしゅん)を勧請開山として創建しました。しかし細川勝元が東軍総大将になった応仁の乱(おうにんのらん)の兵火によって焼失し、1488年(長享2年)に細川勝元の子・細川政元(ほそかわまさもと)が中興の祖・特芳禅傑(とくほうぜんけつ)とともに再興し、方丈が再建され、石庭が作庭されたと言われています。龍安寺には細川勝元夫妻と細川政元の墓が残されています。なお龍安寺は1994年(平成6年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都京都の文化財)のひとつに登録されました。
龍安寺は臨済宗妙心寺派大本山・妙心寺の塔頭です。
龍安寺歴史年表

*参考・・・京都世界遺産・龍安寺(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ

【龍安寺梅見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
龍安寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報

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