三十三間堂夜泣泉・三十三間堂見どころ

三十三間堂夜泣泉

●三十三間堂夜泣泉は東大門と蓮華王院本堂の間にあり、近くに手水舎(ちょうずや)が建立されています。夜泣泉は蓮華王院本堂が建立された翌年、平安時代後期の1165年(長寛2年)6月7日に堂僧が夢告によって発見した霊泉です。夜泣泉は鎌倉時代に伊賀守(いがのかみ)・橘成季(たちばなのなりすえ)が編纂した世俗説話集「古今著聞集(ここんちょもんしゅう)」に「いつも冷たく美味しくて飲んでもお腹を痛めることのない極楽井でどんなに汲んでも尽きず、汲まない時も余ることのない不思議な泉だ。」と記されています。夜泣泉は夜に水の湧き出す音が人のすすり泣きのように聞こえることから夜泣きの泉と言われるようになりました。
「古今著聞集」は鎌倉時代中期の1254年(建長6年)に成立したとも言われています。「古今著聞集」には平安時代中期から鎌倉時代初期の日本の説話約720話をが収められ、神祇・釈教・政道忠臣・公事・文学・和歌・管絃歌舞・能書・術道・孝行恩愛・好色・武勇・弓箭・馬芸・相撲強力・画図・蹴鞠・博奕・偸盗・祝言・哀傷・遊覧・宿執・闘諍・興言利口・恠異・変化・飲食・草木・魚虫禽獣など30編に分けられて年代順に配列されています。なお「古今著聞集」は「今昔物語集」・「宇治拾遺物語」とともに日本三大説話集に数えられています。
●三十三間堂夜泣泉ではいつの頃からか傍らに地蔵菩薩(じぞぼさつ)が祀られるようになりました。地蔵菩薩には幼児の「夜泣き封じ」にご利益があるとされ、地蔵菩薩の前掛けを持ち帰り、子供の枕に敷くと夜泣きが治ると言われています。
地蔵菩薩は菩薩の一尊です。地蔵菩薩はお釈迦様(釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ))が没し、5億7,600万年後か、56億7,000万年後に弥勒菩薩(みろくぼさつ)が出世成道するまでの間、無仏の五濁悪世(ごじょくあくせ)で六道(地獄道(じごくどう)・餓鬼道(がきどう)・畜生道(ちくしょうどう)・修羅道(しゅらどう)・人道(にんげんどう)・天道(てんどう))に苦しむ衆生を教化救済するとされています。日本では地蔵菩薩は「子供の守り神」とされ、小児の成長を見守り、夭折した小児の死後を救い取ると信じられています。親に先立って死亡した小児は親不孝の報いで苦を受け、親の供養の為に賽の河原(さいのかわら)で石の塔婆を作るが、鬼が塔婆を破壊し、何度も繰り返さなければならないが、最終的に地蔵菩薩が救済します。また地蔵菩薩は道祖神(どうそじん)と習合した為、全国の街道・辻々に石像が数多く祀られています。地蔵菩薩は「地蔵菩薩本願経(じぞうぼさつほんがんきょう)」で善男善女の為の二十八種利益と天龍鬼神の為の七種利益が説かれています。二十八種利益は天龍護念・善果日増・集聖上因・菩提不退・衣食豊足・疾疫不臨・離水火災・無盗賊厄・人見欽敬・神鬼助持・女転男身・為王臣女・端正相好・多生天上・或為帝王・宿智命通・有求皆従・眷属歓楽・諸横消滅・業道永除・去処盡通・夜夢安楽・先亡離苦・宿福受生・諸聖讃歎・聰明利根・饒慈愍心・畢竟成佛です。七種利益は速超聖地・悪業消滅・諸佛護臨・菩提不退・増長本力・宿命皆通・畢竟成佛です。なお地蔵菩薩は頭を丸め、左手に宝珠(ほうじゅ)、右手に錫杖(しやくじよう)を持っています。
前掛けは人間の煩悩を表しているとも、赤ん坊や水子の供養を祈願する意味があるとも言われています。
三十三間堂見どころ

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