三若神輿会・祇園祭

三若神輿会

祇園祭(7月17日の神幸祭・7月24日の還幸祭)で中御座神輿(なかござみこし)の神輿渡御に奉仕するは三若神輿会(さんわかしんよかい)の起源である三条台若中(さんじょうだいわかじゅう)は室町時代の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))後から祇園祭(祇園御霊会)の神輿渡御に関わっているとも言われています。

【祇園祭 日程】
祇園祭は7月1日の吉符入(きっぷいり) から7月31日の疫神社(えきじんじゃ)の夏越祭(なごしさい)までの7月1ヶ月に渡って行われます。
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【祇園祭 歴史・簡単概要】
祇園祭(ぎおんまつり)は平安時代前期の869年(貞観11年)に京都をはじめ全国に疫病が流行し、牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の祟りであるとし、卜部日良麿(うらべのひらまろ)が禁苑(宮中の庭)である神泉苑に国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れを祓い、薬師如来の化身とされる牛頭天王(素戔嗚尊)を祀り、更に牛頭天王(素戔嗚尊)を主祭神とする八坂神社(祇園社)から3基の神輿を送り、病魔退散を祈願した祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が起源と言われています。その後970年(天禄元年)から毎年旧暦6月14日に行われるようになりました。
祇園祭歴史

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【祇園祭 三若神輿会】
祇園祭では869年(貞観11年)の祇園御霊会以来、神輿渡御が祭礼の重要な行事です。869年(貞観11年)の祇園御霊会では洛中の男児が神輿を八坂神社(祇園社)から神泉苑に送りました。970年(天禄元年)から祇園祭が毎年行われるようになり、974年(天延2年)に第64代・円融天皇が神輿を鴨川を渡って平安京を渡御するように勅命したと言われています。祇園祭の神輿渡御では室町時代の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))後に三若神輿会(さんわかしんよかい)の起源である三条台若中(さんじょうだいわかじゅう)が奉仕するようになったとも言われています。それ以前は神輿渡御の際に神輿を担ぐ担ぎ棒・轅(ながえ)を預かる轅町(京都市中京区御倉町)が中心に神輿渡御を行っていたとも言われています。また1690年(元禄3年)頃から三条台若中が奉仕するようになったとも言われています。三条台若中(三若組)は明治時代まで中御座神輿(なかござみこし・大政所神輿(おおまんどころみこし))・東御座神輿(ひがしござみこし・少将井神輿(しょうしょういみこし))・西御座神輿(にしござみこし・八王子神輿(はちおうじみこし))の神輿渡御に関わってきました。江戸時代後期(幕末)頃から東御座神輿の神輿渡御に木屋町四条近くの高瀬川船頭衆が奉仕するようになり、その後船頭衆を手伝っていた東山三条の若松町・若竹町(四若組・四若神輿会)が奉仕するようになりました。大正時代に西御座神輿の神輿渡御に壬生村の壬生組が奉仕するようになっが、壬生組が解散すると1947年(昭和22年)から錦神輿会が奉仕するようになりました。三若神輿会はメンバーが約20家族・約40人で、男子の世襲制とも言われています。三若神輿会にはその下に約10の神輿会があり、全体で輿丁が約800人になるそうです。三若神輿会は八坂神社から中御座神輿の指揮・運行を委託され、幹事長などがマイクを持って指揮します。また三若神輿会は約10の神輿会に法被を貸与し、その法被を着なけらば中御座神輿を担ぐことができないそうです。ちなみに三若神輿会では2011年(平成23年)に神輿を担ぐ轅がひび割れしたりして傷みが著しかったことから長さ約10メートル(重さ約200キロ・縦16センチ・横11センチ)の2本の轅を約半世紀振りに新調しました。轅には京都市右京区京北町の神吉山で切り出された樹齢約140年のヒノキが使われ、以前よりも多くの輿丁で担げるように約1メートル長くなったそうです。なお三条台若中会所は1832年(天保3年)に民家を改めて定められ、1862年(文久2年)に改築され、1927年(昭和2年)に現在の会所が建てられました。
●三若神輿会は現在中御座神輿の神輿渡御に奉仕し、中御座神輿は三若神輿とも言われています。中御座神輿は八坂神社の主祭神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の神霊をのせます。中御座神輿は六角形の屋根の上に鳳凰が飾られ、男神を表す紫色の袈裟懸けが掛けられます。中御座神輿は重さ約2トンと言われています。
●四若神輿会は現在東御座神輿の神輿渡御に奉仕し、東御座神輿は四若神輿とも言われています。東御座神輿は素戔嗚尊の妻・櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)の神霊をのせます。東御座神輿は四角形の屋根の上に擬宝珠が飾られ、赤色の袈裟懸けが掛けらます。東御座神輿は重さ約2トンと言われています。
●錦神輿会は現在西御座神輿の神輿渡御に奉仕し、西御座神輿は錦神輿とも言われています。西御座神輿は素戔嗚尊の8人の子供・八柱御子神(やはしらのみこがみ)の神霊をのせます。西御座神輿は八角形の屋根に鳳凰が飾られ、赤色の袈裟懸けが掛けらます。西御座神輿は重さ約3.2トンです。
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【祇園祭 神輿弁当・弁当打ち】
三若神輿会(中御座)で知られているのが神輿を担ぐ輿丁(よちょう)の夜食である神輿弁当(みこし弁当・道中弁当)です。神輿弁当は祇園祭で神輿が渡御する7月17日の神幸祭・7月24日の還幸祭の際に三若神輿会会所(三条台若中会所)での弁当打ちにより、2,000~3,000食分が作られます。弁当打ちは7月17日・7月24日の早朝から精進潔斎(しょうじんけっさい)した男衆によって行われ、長方形のしゃもじで1合弱の白米を木型に詰めて竹皮に打ち付けるようにして作られることに由来しています。神輿弁当は長方形の白米に黒ゴマのごま塩が振り掛けられ、中央に梅干しが置かれ、脇にたくわん(タクワン)が添えられています。竹皮に包まれた神輿弁当には割り箸・赤いラベルが付けられ、藁で縛られています。赤いラベルには「御神輿渡御の砌り(みぎり)、供奉の役員並びに輿丁の昔ながらの食事です。疫病祓いと安産のまじないとして一般氏子の方々に大変喜ばれています。(この弁当は、精進潔斎して氏子の男衆のみで作っております。この弁当を御賞味いただき、今夏をお健やかにお過ごし下さいます様お祈り申し上げます。)」と記されています。

【祇園祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
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