千本釈迦堂観光マップ(千本ゑんま堂・石像寺・・・)
千本釈迦堂観光マップ
千本釈迦堂観光マップではおかめの物語で知られる本堂(国宝)がある千本釈迦堂周辺の観光スポットを紹介しています。千本釈迦堂北側には閻魔王を祀る千本ゑんま堂があります。東側には苦抜地蔵と言われる石像寺やいずれも龍華の三具足に数えられる妙顕寺・妙覚寺などがあります。
【千本釈迦堂観光マップ・地図】
【千本釈迦堂】
千本釈迦堂・大報恩寺は1221年(承久3年)藤原秀衡の孫・義空(ぎくう)が創建しました。その後応仁の乱などが起こったが、本堂は戦火を免れ、京洛最古の建造物として国宝に指定されました。なお本堂は解体修理により、1227年(安貞元年)に上棟されたことが分かりました。
千本釈迦堂(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
千本釈迦堂見どころ
【千本ゑんま堂】
千本ゑんま堂・引接寺は1017年(寛仁元年)源信(げんしん)の法弟・定覚(じょうかく)が道場を開山したのが起源と言われています。なお名称は千本ゑんま堂がある場所が京の三大墓地のひとつ・蓮台野の入口で、石仏や卒塔婆が無数にあったことから「千本」の地名が残り、それに由来しています。
千本ゑんま堂(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
【石像寺】
石像寺・釘抜地蔵は寺伝によると819年(弘仁10年)弘法大師・空海が創建したと言われています。その真言宗から浄土宗に改められました。なお地蔵菩薩は苦しみを抜き取る「苦抜(くぬき)地蔵」と言われていたが、それが後年「釘抜(くぎぬき)地蔵」と言われるようになりました。
石像寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
【妙蓮寺】
妙蓮寺は1294年(永仁2年)日像(にちぞう)が日蓮聖人(にちれんしょうにん)の遺命を受け、五条西洞院に創建しました。当初妙法蓮華寺と称していました。その後応永年間に日慶が四条大宮に再興し、妙蓮寺と称しました。なお毎月12日にフリーマーケットが開催されています。
妙蓮寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
【妙覚寺】
妙覚寺は1378年(永和4年)日像上人(にちぞうしょうにん)の法孫・日実(にちじつ)が四条大宮の小野妙覚邸内に創建しました。その後足利義尚・豊臣秀吉の命によって移りました。なお妙覚寺は妙顕寺・立本寺を合わせて、「龍華の三具足(りゅうげのみつぐそく)」と言われています。
妙覚寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
【妙顕寺】
妙顕寺(みょうけんじ)は1321年(元亨元年)日像上人が日蓮聖人(にちれんしょうにん)の遺命を受け、京都における日蓮宗最初の道場として、今小路に創建しました。なお1334年(建武元年)後醍醐天皇の綸旨を賜って勅願寺になり、洛中洛外の宗門の第1位とされました。
妙顕寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
【宝鏡寺】
宝鏡寺・人形寺は応安年間に光厳天皇の皇女・華林宮惠厳(かりんのみやえごん)が伊勢二見浦で網に掛かった聖観世音菩薩を建福寺に安置し、名称を宝鏡寺に改めたのが起源です。その後後水尾天皇の皇女・久厳尼が入寺し、尼門跡寺院になりました。なお春・秋に人形展が行われています。
宝鏡寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
【相国寺】
相国寺は1382年(永徳2年)室町幕府3代将軍・足利義満が花の御所の隣接地に一大禅宗伽藍を建立することを発願したのが起源です。ただ1394年(応永元年)史上最も高かったと言われる日本様式の仏塔・七重大塔を含めて焼失しました。なお室町時代には京都五山の第2位に列せられました。
相国寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)・相国寺見どころ(法堂・開山堂など)