太平洋戦争(大東亜戦争)の終戦と五山送り火

太平洋戦争(大東亜戦争)の終戦と五山送り火

五山送り火(大文字・妙法・船形・左大文字・鳥居形)は起源が明確ではないが、五山それぞれに数百年以上の歴史があると言われ、その歴史の中で五山送り火が中止されたこともありました。太平洋戦争の影響により、五山送り火は1943年(昭和18年)から1945年(昭和20年)まで中止されたが、1946年(昭和21年)に限定的に復活されました。

【五山送り火2027 日程】
五山送り火2027は2027年(令和9年)8月16日(月曜日)20:00から5分間隔で順次点火されます。なお五山送り火は原則雨天決行だが、気象条件によって点火時間が変更になる場合もあります。
五山送り火2027(鑑賞スポット・穴場・日程・・・)

【五山送り火 歴史・簡単概要】
五山送り火(ござんのおくりび)はお盆(おぼん・盂蘭盆(うらぼん))にあの世(冥府(めいふ))から帰ってきたお精霊さん(おしょらいさん)をあの世に送り返す仏教的行事です。五山送り火は宗教・歴史的な背景から「大文字の送り火」とも言われることがあります。五山送り火はいつ始まったかは明確ではありません。一説には多くの灯明を灯して仏神を供養する万灯会(まんどうえ)が山の山腹で行われるようになり、お盆の精霊の送り火(門火(かどび))になったとも言われています。

【太平洋戦争(大東亜戦争)の終戦】
五山送り火(大文字(だいもんじ)・妙法(みょうほう・松ケ崎妙法)・船形(ふながた・船形万灯籠)・左大文字(ひだりだいもんじ)・鳥居形(とりいがた・鳥居形松明))は起源が明確ではないが、五山それぞれに数百年以上の歴史があると言われ、その歴史の中で五山送り火が中止されたこともありました。太平洋戦争の影響により、五山送り火は1943年(昭和18年)から1945年(昭和20年)まで中止されたが、1946年(昭和21年)に限定的に復活されました。
京都市が編纂した公式の歴史資料に「昭和21年(1946年)8月16日 戦争で中断していた、大文字送り火、松ケ崎妙法送り火、船形万燈籠送り火が復活する」を記され、大文字・妙法・船形が4年振りに復活して点火されたことが分かります。1944年(昭和19年)6月からアメリカ軍のB-29爆撃機による日本への空襲が始まると1938年(昭和13年)に定められた防空法に基づいて灯火管制が強化され、五山送り火が中止される一因になりました。また五山送り火中止には労働力・燃料・食料の不足なども原因になったと言われています。太平洋戦争中から労働力・燃料・食料の不足が深刻化し、終戦後もその影響が続き、五山の内の三山(大文字・妙法・船形)だけの復活になったようです。1946年(昭和21年)当時、五山送り火に必要不可欠の薪や松脂などの燃料は自由に購入できない統制品(配給制)で、五山送り火に使用する為に五山送り火の有志が京都市やGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)などと交渉したと言われ、その記録が残されています。
その後1947年(昭和22年)に左大文字、1948年(昭和23年)に鳥居形が復活し、6年振りに五山送り火が完全復活しました。

●太平洋戦争(大東亜戦争)は1941年(昭和17年)12月8日に始まり、1945年(昭和20年)8月15日(9月2日)に終結しました。1941年(昭和17年)12月8日に日本海軍によるアメリカハワイへの真珠湾攻撃と日本陸軍によるイギリス領マレー半島コタ・バルへの侵攻で始まり、日本軍が連戦連勝の快進撃を続け、東南アジアや太平洋の広大な地域を占領しました。1942年(昭和17年)4月にアメリカ軍が日本本土を爆撃するドーリットル空襲を行うとアメリカ機動部隊を制圧するミッドウェー島攻略が決定されたが、同年6月にミッドウェー海戦で主力正規空母4隻・艦載機390機などを喪失する大敗を喫し、戦局の転換点になったと言われています。ただミッドウェー海戦直後に日本軍は最大勢力範囲に達しました。日本軍の予想よりも早くアメリカ軍が反攻を開始し、1942年(昭和17年)8月から1943年(昭和18年)2月のガダルカナル島の戦いでも敗北し、決定的な分岐点になったと言われています。1943年(昭和18年)4月に真珠湾攻撃を指揮した連合艦隊司令長官・山本五十六が戦死し、同年5月にアッツ島の戦いで守備隊が全滅し、「玉砕」という言葉が初めて使われました。1943年(昭和18年)9月に三国同盟を結んでいたイタリアが降伏しました。アメリカ陸軍が主力とする連合国南西太平洋軍とアメリカ海軍・アメリカ海兵隊を主力とする連合国太平洋軍が二方面から反攻を進め、1943年(昭和18年)9月30日に日本軍が絶対国防圏を設定したが、1944年(昭和19年)7月にサイパン島が陥落し、東條内閣が総辞職しました。1944年(昭和19年)6月からアメリカのB-29爆撃機による日本本土への空襲が始まり、1945年(昭和20年)3月に東京大空襲によって一夜で約10万人の死者を出しました。1945年(昭和20年)4月にアメリカ軍が沖縄本島に上陸し、3ヶ月近く組織的戦闘が続きました。1945年(昭和20年)5月に三国同盟を結んでいたドイツも降伏し、日本は単独で連合国と戦うことになりました。1945年(昭和20年)7月26日にアメリカ・イギリスなどがポツダム宣言(無条件降伏)を発表し、8月6日・9日に広島・長崎に原子爆弾が投下され、8月9日に終戦工作の仲介を求めていたソ連が参戦しました。1945年(昭和20年)8月10日・14日に昭和天皇が聖断を下し、ポツダム宣言の受諾を決定し、8月15日に昭和天皇の玉音放送が放送され、9月2日に降伏文書に調印しました。なお1937年(昭和12年)に始まった日中戦争から太平洋戦争までの期間、約230万人の日本軍の軍人・軍属が戦士し、約80万人の民間人が亡くなりました。

【太平洋戦争(大東亜戦争)の終戦と五山送り火 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
五山送り火スポット

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