下鴨神社馬場・下鴨神社見どころ(修学旅行・観光)

下鴨神社馬場

●下鴨神社馬場には河合神社西側で、糺の森(ただすのもり)内に奈良時代以前から使われているとも言われる古馬場などがあります。馬場では古くから騎射(きしゃ・流鏑馬(やぶさめ))が行われていました。糺の森からは古墳時代の馬具が出土しました。勅撰史書「続日本紀(しょくにほんぎ)・平安時代初期に編纂」によると飛鳥時代後期の698年(文武天皇2年)に「葵祭の日に民衆を集めて騎射(流鏑馬)を禁ず」と記され、大勢の見物人が集まったことから3度も騎射(流鏑馬)禁止令が出されました。公家の日記などを抜粋・編集した「百錬抄(ひゃくれんしょう)」によると鎌倉時代前期に後鳥羽上皇(第82代・後鳥羽天皇)が御幸した際、糺の森の馬場で流鏑馬を見たと言われています。なお馬場では毎年5月に葵祭の前儀である流鏑馬神事が行われています。
流鏑馬神事は葵祭の前儀として行われ、葵祭が安全・平穏無事に行われるように沿道を祓い清めます。流鏑馬神事では糺の森にある約500メートルの馬場に3つの的を設置し、公家・武家装束の射手が走る馬の上から「インヨー(陰陽)」の掛声とともに矢を放って的を狙います。
葵祭はかつて下鴨神社とともに賀茂社(賀茂神社)とも言われた上賀茂神社によると神代の昔に上賀茂神社の祭神・賀茂別雷命(かもわけいかづちのかみ)が秀峰・神山(こうやま)に降臨した際の神託により、奥山の賢木(さかき)を取って阿礼(あれ)に立て、綵色(いろあや)を飾ったり、走馬(そうま)を行ったり、葵楓(あおいかつら)の蔓(かずら)を装ったりして祭りを行ったのが起源とも言われています。また葵祭は古墳時代後期の第29代・欽明天皇(540年~571年)の時代に全国が風水害に見舞われ、飢餓・疫病が流行し、賀茂大神(上賀茂神社・下鴨神社)の崇敬者である卜部伊吉若日子(うらべのいきわかひこ)に占わせられたところ賀茂大神の祟りであると奏した為、卜部伊吉若日子が勅命により、旧暦の4月吉日を選んで、馬に鈴を懸け、人は猪頭(いのがしら)を被り、駆競(くち・かけくらべ)して盛大に祭りを行ったのが起源とも言われています。
河合神社は下鴨神社の摂社で、糺の森の南端に祀られています。河合神社は858年(天安2年)に下鴨川合神が神階・従五位上を授けられたと記され、それ以前から祀られていたとも言われています。平安時代中期の「延喜式神名帳(927年(延長5年))」で名神大社(みょうじんたいしゃ・式内社(しきないしゃ))に列せられました。なお河合神社は賀茂川(鴨川)と高野川の合流部にあった社家の屋敷神として祀られていたとも言われています。
糺の森は国の史跡です。糺の森は面積約12万4千平方メートルで、山背国(山城国)原野の原生樹林と同じ植生を現在も残していると言われています。糺の森には落葉樹を中心に約40種・約4,700本の樹木が分布しています。樹齢600年~200年の樹木が約600本も分布しています。なお糺の森は1994年(平成6年)に下鴨神社が世界遺産(ユネスコの世界文化遺産)に登録された際、その全域も世界遺産に登録されました。また糺の森は京都の自然200選にも選ばれています。
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