下鴨神社細殿・下鴨神社見どころ

下鴨神社細殿

●下鴨神社細殿は1901年(明治34年)8月2日に国の重要文化財に指定されました。
●下鴨神社細殿は江戸時代前期の1628年(寛永5年)頃に造営されました。その後式年造営(21年に1度)ごとに解体・修理が行われました。下鴨神社細殿では「神殿記(しんでんき)・平安時代」によると歴代天皇の行幸や上皇・法皇・院・関白の賀茂詣の際に歌会などが行われました。江戸時代中期の享保年間(1716年~1736年)に行われた第112代・霊元天皇の行幸の際に歌会が行われ、1788年(天明8年)の天明の大火の際に内侍所(ないしどころ・賢所(かしこどころ))の奉安所になりました。また文久の火災の際に第122代・明治天皇となる祐宮(さちのみや)の安座所になり、1863年(文久3年)の第121代・孝明天皇の行幸際に江戸幕府14代将軍・徳川家茂の侍所(さむらいどころ)になりました。
歌会はお題に応じて人々が集まって和歌を詠み、その和歌を互いに披露し、鑑賞したり、批評したりする会合です。歌会は宮中で奈良時代から行われていたとも言われています。しかし幕末(江戸時代末期)に一時絶え、1869年(明治2年)に復興しました。なお天皇が年の始めに催す歌会が歌御会始(うたごかいはじめ)と言われました。
●下鴨神社細殿は桁行五間・梁間二間で、入母屋造の檜皮葺です。下鴨神社細殿は内部が二重合天井で、外部が向拝付です。
入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
下鴨神社見どころ

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