下鴨神社貴布祢神社・下鴨神社見どころ(修学旅行・観光)

下鴨神社貴布祢神社

●下鴨神社貴布祢神社は河合神社境内に祀られている下鴨神社の摂社です。貴布祢神社は起源が明確ではなく、「神殿屋舎等之事」によると平安時代後期の1161年(応保元年)には既に河合神社の垣内に祀られていたと言われています。貴布祢神社は天地に恵みを与える雨を司り、祈雨・止雨に霊験があると言われる高おか神(たかおかのかみ)を祀っています。なお貴布祢神社には下鴨神社の東本殿に祀られている玉依姫命(たまよりひめのみこと)が貴布祢神社本殿から流れ出る貴布祢川を水源とする瀬見の小川で丹塗の矢が流れ着いている見つけ、床の傍らに差しておくと身籠って、上賀茂神社の本殿に祀られている男神・賀茂別雷神(かもわけいかづちのみこと)を生んだという伝承が残されています。
高おか神は伊奘諾(いざなぎ)と伊奘冉(いざなみ)との間に生まれた火の神・迦具土 (かぐつち)を伊奘諾が十拳剣・天之尾羽張(あめのおはばり)で斬った際、石折神(いはさくのかみ)・根折神(ねさくのかみ)・石筒之男神(いはつつのをのかみ)・甕速日神(みかはやひのかみ)・樋速日神(ひはやひのかみ)・建御雷之男神(たけみかづちのをのかみ)・闇御津羽神(くらみつはのかみ)とともに闇淤加美神(くらおかみのかみ)として生まれたとされています。なお高おか神は貴船神社の祭神として知られています。ちなみに貴船神社はかつて下鴨神社とともに賀茂社(賀茂神社)と言われていた上賀茂神社の摂社でした。
河合神社は下鴨神社の摂社です。河合神社は858年(天安2年)に下鴨川合神が神階・従五位上を授けられたと記され、それ以前から祀られていたとも言われています。「延喜式神名帳(927年(延長5年))」で名神大社(みょうじんたいしゃ・式内社(しきないしゃ))に列せられ、賀茂川と高野川の合流部にあった社家の屋敷神として祀られていたとも言われています。なお河合神社は女性の守護神で、日本第一の美麗神と言われる玉依媛命を祀っています。
玉依媛命は初代・神武天皇の先導をしたとも言われる賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと・かもたけつのみのみこと)の娘とされています。玉依媛命は「山城国風土記(やましろこくふうどき)」によると鴨川で禊(みそぎ)をしている時に上流から流れ来た丹塗(にぬり)の矢を拾って、床に置くと矢は美しい男神・火雷神(ほのいかづちのかみ)になり、結婚したとされています。その後御子神・賀茂別雷命を生んだという神話が伝えられ、古くから縁結・子育ての神として信仰されています。
●下鴨神社貴布祢神社は一間社流造(いっけんしゃながれづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
流造は神社建築の一形式です。流造は正面入口にあたる屋根の一方(前流れ)が長く延びた形式です。流造は伊勢神宮(いせじんぐう)に代表される神明造(しんめいづくり)から発展し、奈良時代末期から平安時代に成立し、全国に広がりました。流造では上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・下鴨神社(しもがもじんじゃ)がよく知られています。流造では正面(桁行)の柱間が1間(柱2本)の場合には一間社流造、3間(柱4本)の場合には三間社流造、5間(柱6本)の場合には五間社流造になります。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
下鴨神社見どころ下鴨神社見所ランキング下鴨神社七不思議

京都観光おすすめ

  1. 錦市場
  2. 竹林の道
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る