下鴨神社言社・下鴨神社見どころ(修学旅行)

下鴨神社言社

●下鴨神社言社は下鴨神社の末社で、東本殿(国宝)・西本殿(国宝)前に建立されています。言社は起源が明確ではないが、現在の社殿は江戸時代の17世紀に造営されたと言われています。言社は大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀っています。大国主命はその働きごとに異なる7つの名前を持っていることから7つの社殿が造営されています。社殿・祭神・守護神は下記の通りです。なお言社では1月の成人の日に初大国えとまつり、10月9日に秋祭が行われています。
一言社(東社)は大国魂命(おおくにたまのみこと)を祀り、巳・未歳の守護神です。
一言社(西社)は顕国魂命(うつしくにたまのみこと)を祀り、午歳の守護神です。
二言社(北社)は大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀り、子歳の守護神です。
二言社(南社)は大物主命(おおものふしのみこと)を祀り、丑・亥歳の守護神です。
三言社(北社)は志固男命(しこおおのみこと)を祀り、卯・酉歳の守護神です。
三言社(中社)は大己貴命(おおなむちのみこと)を祀り、寅・戌歳の守護神)
三言社(南社)は八千矛命(やちほこのみこと)を祀り、辰・申歳の守護神です。
大国主命は日本最古の歴史書「古事記(こじき)・712年(和銅5年)編纂」・日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)・720年(養老4年)完成」によると天照大神(あまてらすおおかみ)の弟・須佐之男命(すさのおのみこと)の六世の孫で、日本国を創った神とされています。ちなみに父は天之冬衣神(あめのふゆきぬのかみ)、母は刺国若比売(さしくにわかひめ)とされています。大国主命は国産み・神産みの伊邪那美命(いざなみのみこと)の死によって未完のまま放置されていた国土を高天原 (たかまがはら) の神・天つ神(あまつかみ)の命により、少彦名神(すくなびこなのかみ)とともに完成させ、天照大神の使者が来ると国土を献上して隠退したとされています。また大国主命は出雲国造(いずものくにのみやつこ)の祖神、出雲大社(いずもたいしゃ)の祭神ともされています。因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)でよく知られています。なお大国主命は大己貴神(おおなむちのかみ)・八千矛神(やちほこのかみ)・葦原色許男命(あしはらのしこおのみこと)などの別名を持っています。
東本殿・西本殿は祝詞舎(のっとりや)を挟んで建立されています。東本殿・西本殿は江戸時代後期の1863年(文久3年)の式年造営(21年に1度)で建て替えられました。東本殿・西本殿は三間社流造の檜皮葺です。なお東本殿は上賀茂神社の祭神・賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)の母・玉依姫命(たまよりひめのみこと)、西本殿は玉依姫命の父・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)を祀っています。
●下鴨神社言社は一間社流造(いっけんしゃながれづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)です。
流造は神社建築の一形式です。流造は正面入口にあたる屋根の一方(前流れ)が長く延びた形式です。流造は伊勢神宮(いせじんぐう)に代表される神明造(しんめいづくり)から発展し、奈良時代末期から平安時代に成立し、全国に広がりました。流造では上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・下鴨神社(しもがもじんじゃ)がよく知られています。流造では正面(桁行)の柱間が1間(柱2本)の場合には一間社流造、3間(柱4本)の場合には三間社流造、5間(柱6本)の場合には五間社流造になります。
檜皮葺は屋根葺手法の一形式です。檜皮葺では檜(ひのき)の樹皮を用いて屋根を葺きます。檜皮葺は日本以外では見られない日本古来の手法です。檜皮葺は飛鳥時代の668年(天智天皇7年)に滋賀県大津市の廃寺・崇福寺(すうふくじ)の諸堂が檜皮で葺かれた記録が最古の記録です。
下鴨神社見どころ

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